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Jerrio's Cafe ~ for music lovers

店主Jerrioのよもやま話と、ジャンル無用の深淵なる音楽の世界にようこそ...

イエスタデイ

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前回、ボサノヴァ誕生のきっかけとなる曲と、それが収められているジョアン・ジルベルトのファーストアルバムを紹介したが、ジョアンが本当に世界に出たのはそこから5年後、1964年にサックス奏者のスタン・ゲッツと共同名義でリリースしたアルバム 『ゲッツ/ジルベルト』 からである。このアルバムは、このジャンルとしては今ではちょっと考えられないが、翌年のグラミー賞の最優秀アルバム賞を受賞し、その中の曲「イパネマの娘」が最優秀レコード賞を受賞したのだ。 (ご参考:2011年6月12日のブログ

実はこの年のグラミー賞の最優秀新人賞はビートルズだった。さらに受賞こそ逃したが、最優秀レコード賞にはビートルズの「抱きしめたい」が、最優秀楽曲賞には「ハード・デイズ・ナイト」がノミネートされている。ビートルズはデビューの年、ジョビンやジョアンのボサノヴァと戦っていたのだ。

さて、今日のお題の「イエスタデイ」。ポール・マッカートニー自身が最高傑作と公言しているこの曲は、その翌年(1966年)のグラミー賞最優秀レコード賞と最優秀楽曲賞にノミネートされたものの、残念ながら受賞は逃している。ちなみにビートルズは、1967年最優秀楽曲賞を「ミッシェル」で、1968年最優秀アルバム賞を 『サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド』 で取っている。


前置きが長くなったが、今日は話題の映画「イエスタデイ」の話だ。もちろん、ビートルズの「イエスタデイ」からきているのだが、先日観に行ったこの映画が実に面白かった。最初は、漫画の「僕はビートルズ」に近い内容なのかなと思ったのだが、まったく違っていた。ダニー・ボイル監督を初め、脚本を担当したリチャード・カーティスなど、関わった人たちのビートルズへの愛に満ちた、楽しく愉快な音楽映画だったのだ。

舞台はイギリス・サフォークにある海辺の小さな町。売れないシンガーソングライターのジャックは、学校の教師をやりつつ献身的にマネージャーを務めてくれる親友エリーのサポートを受けながら、成功を目指して奔走するが、頑張っても全くダメ。夢をあきらめようと決意したその日、世界中で12秒間の謎の停電が起き、その暗闇の中で交通事故に遭ってしまう。病院に運ばれ、九死に一生を得てベットの上で目を覚ますと、それまでの世界と何かが少しずつ変わっていた。その世界には、ビートルズが存在していなかったのだ。ということは、ビートルズの楽曲を知っているのはジャックだけ、ということなのだが・・・



設定は荒唐無稽、ストーリーもコメディータッチだが、音楽は別だ。さりげなくも本格的。演奏はすべて本物。ライブも口パク無し。若手俳優であるヒメーシュ・パテルが演じる主人公ジャックの素朴でストレートな演奏は、とても好感が持てる。ストーリーの中では、ジャックの記憶の中にあるビートルズの楽曲が、正確かどうかも、新旧の順番も関係なしで、次々に出てくる。さえないシンガー・ソングライターの人気に火が付きどんどん売れていく過程は、現代そのもの。インターネットに携帯電話、SNSでの拡散等々、ビートルズの時代とは全く違う。しかし、そのライブの熱は、今も昔も変わらない。

実在の本人役として脇を固めているシンガー・ソングライターのエド・シーランが、これまたいい味を出している。僕も、アコースティックギターとループペダルを使ったその一人演奏に興味を持って、数年前からエド・シーランを聴くようになった。映画の中ではジャックの歌う即興曲(実はビートルズの曲)と戦い、あっさり負けを認めているが、このストーリーでのこの役どころは、デジタル時代以降、圧倒的ナンバーワンの楽曲セールスを誇る彼を置いてほかにいないだろう。

僕はこの映画を見て、ジャックを、エド・シーランと重ねてしまった。イギリスのサフォークでシンガー・ソングライターを目指し始めるところも同じだが、エド・シーランが生み出す楽曲たちが、まるで魔法のように世界中の人々を魅了していく過程の驚きは、映画に近い印象がある。違うのは本当に自作曲ということだけだ。ちなみに、前述のグラミー賞で言えば、エド・シーランは2015年の最優秀楽曲賞を「Thinking Out Loud」で勝ち取っている。

映画では、「イエスタデイ」だけではなく、「レット・イット・ビー」や「ヘイ・ジュード」などなど、数多の有名曲が様々なシチュエーションで次々に出てくる。全体はちょっとコメディータッチなロマンティックストーリーだが、途中、「ビートルズ愛」がじんわりと伝わってくる感動的な展開もあり、僕も思わず涙ぐんでしまった。若年層にはどれだけ伝わるのかわからないが、いろいろな年齢層の音楽ファンへの様々な仕掛けも含め、とても面白い映画だった。


ということで、今日の音楽はもちろんビートルズだが、ここでビートルズのアルバムそのものを紹介しても面白くないので、僕がよく聴くビートルズのカバーアルバムを紹介しよう。とは言っても、オムニバス盤は除いて一枚丸ごとビートルズの楽曲となると、それほど多くはないが、その中からロックやポップス以外での愛聴盤、ということで選んでみた。

まずは、一枚目。ジャズボーカリスト、ギタリストとして活躍するジョン・ピザレリの1998年のアルバム 『ミーツ・ザ・ビートルズ』 だ。


Meets The Beatles (1998) / John Pizzarelli


このアルバムは、発売当時、ビートルズのアルバム 『ハード・デイズ・ナイト』 に似せたジャケットが楽しくて目に留まり、入手した。音楽は軽快で洒脱。伝統的なアプローチのジャズギターもいいが、やはり決め手はそのすっきり軽いハンサムな声だろう。冒頭の「Can’t Buy Me Love」のようなスイング感あふれるビッグバンドサウンドから、七曲目「And I Love Her」のようなピアノでしっとり聞かせるバラードまで、バリエーション豊かな素晴らしいアレンジで堪能させてくれる。

Link: Can’t Buy Me Love / John Pizzarelli
Link: And I Love Her / John Pizzarelli


二枚目は、夢見心地のピアノソロ。ノルウェー在住のジャズピアニストでありクラシックの作曲家でもあるスティーブ・ドブロゴスのアルバム 『Golden Slumber』 だ。


Golden Slumber (2009) / Steve Dobrogosz


副題に「plays Lenon/McCartney」とあるこのアルバムは、冒頭の「Goodnight」から、最後の「I Will」まで、一貫してゆったりと演奏されていて、ほとんど子守唄を聞いている気分になってくる。テンポだけではなく、ピアノの音もまた、多分に残響を含んだ処理がされていて、僕は最初に聞いたとき、キース・ジャレットの 『ケルンコンサート』 を思い出していた。とにかく、至福の時間を与えてくれる一枚である。

  Link: Goodnight / Steve Dobrogosz
  Link: I Will / Steve Dobrogosz


最後は、ベルリンフィル12人のチェリストたちによるアルバム 『Beatles in Classics』 だ。


Beatles In Classics (1995) / The 12 Cellists of the Berlin Philharmonic


このアルバムは、12本のチェロ用にアレンジされたビートルズの名曲集で、ベルリンフィル12人のチェリストたちのリリースした数枚のアルバムに分かれて入っていたビートルズの楽曲を一枚に集めた企画盤である。そこに入っている12曲のうち、僕が最初に聞いた曲こそが、1977年に録音された「イエスタデイ」であり、この曲の素晴らしさをチェロアンサンブルという形で、余すところなく伝えてくれるのだ。

  Link: Yesterday / The 12 Cellists of The Berlin Philharmonic


ところで、「世界で最も売れた曲」ということで調べてみると、一位はビング・クロスビーの「ホワイトクリスマス」で、ビートルズの曲はなかなか出てこない。むしろエド・シーランの方がはるかに上を行っている。これは、オリジナル楽曲の販売ということで計上されているからだろう。しかし、「世界で最もカバーされた曲」となると、ダントツで「イエスタデイ」となり、ギネスブックにも載っているという。

やはり「イエスタデイ」は素晴らしい曲なのだ。ジャンルを超えて、だれもが演奏したくなる曲。その曲を知っているのが、世界の中で自分だけだとしたら ・・・・・・ あなたなら、どうしますか?



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ジョアン・ジルベルトを探して

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もう一か月ほど前のことになる。9月の最後の日曜日、封切られたばかりの映画「ジョアン・ジルベルトを探して」を観に行った。春先に雑誌で知って以来、ぜひ封切を観たいと思っていたこの映画のタイトルは、ボサノヴァの父とも呼ばれるジョアン・ジルベルトの存在が、生きながらにして既に伝説と化していることを物語っていた。

いくら伝説的とは言っても、ジョアン・ジルベルトがその映画の撮影時点でリオの街に暮らしていたことは間違いない。2008年のボサノヴァ誕生50周年記念ライブを最後に、公の場に姿を現していないとは言え、健康上の問題で人前に出られないというわけでもなさそうな彼を、ただ「探す」ことで成立するドキュメンタリーというのも、ある意味すごい。

僕も大好きなボサノヴァという音楽は、その原点をぶれずに守り続けるジョアン・ジルベルトが存在しているからこそ、その展開も含めここまで拡がることができたのだと思う。そんな彼の存在をただただ確かめたかったのだ。

ネットで見た予告編には、ストーリーの骨格となる一冊の本が紹介されていた。ドイツ人作家マーク・フィッシャーの著した「オバララ ~ ジョアン・ジルベルトを探して」だ。マーク・フィッシャーがジョアンの音楽に出会ったのは日本で友人の部屋を訪ねた時だったという。初めて耳にしたのは、ジョアン・ジルベルトのデビューアルバム『Chega de Saudade” (想いあふれて)』だ。アントニオ・カルロス・ジョビンと詩人ヴィニシウス・ヂ・モライスの共作であるこのタイトル曲こそが、ボサノヴァ誕生の曲だといわれている。この二人の曲にジョアンの声とギターがあってこそのボサノヴァ誕生だったのである。


Chega De Saudade (1959) / Joao Gilberto


  Link: Chega De Saudade(No More Blues) / Joao Gilberto

フィッシャーの本のタイトルにもある「オバララ(Ho-ba-la-la)」は、そのアルバムの中でも数少ないジョアン自身の曲だ。フィッシャーは特にこの曲に心惹かれていたようだ。

  Link: Ho-ba-la-la / Joao Gilberto

フランス人監督ジョルジュ・ガショは、2011年に発刊されたこの本に出会い、心を動かされる。その本の中でフィッシャーは、謎に満ちたジョアン・ジルベルトを探し出そうと、何度もリオの街を訪れる。ジョアンへの取材に向けて入念に準備し、手助けをしてくれそうな様々な人々、たくさんのミュージシャンにもコンタクトを取り、調査網を広げていく。ジョアンに会って大好きな「Ho-ba-la-la」を歌ってもらいたい。それはまるで、その行為に別の意味を見出している求道者のようですらある。しかし、謎はますます深まるばかりで、結局ジョアンに遭遇することはできなかった。そのことが原因だったのかどうかはわからないが、フィッシャーは事の顛末を記したこの本が出版される1週間前に、40歳という若さで自ら命を絶つ。

監督のジョルジュ・ガショは、ちょうどフィッシャーがリオで取材をしていた2010年、偶然にも別の音楽映画の取材・撮影で同じリオにいた。同じ時間に同じ通りを歩き、同じミュージシャンと関わっていたことも分かった。そして、彼自身もジョアンに会おうと何度も挑戦していたのだ。二人の道が不思議な形で交わっていたことを知り、その本のフィッシャーの姿に自分自身を見出した彼は、自らフィッシャーの足跡を追いながらその旅を引き継ぎ、ジョアン・ジルベルトを探し始める。




果たして監督のジョルジュ・ガショはジョアンに遭遇することができたのだろうか。確かに僕の興味もそこにあったのかもしれない。しかし、様々な期待をもって公開を待っていた僕たちに届いたのは、上映の詳細日程ではなく、突然の訃報だった。

  7月6日、ジョアン・ジルベルト氏、リオデジャネイロにて逝去。享年88。

あー、ついに・・・という思いと同時に押し寄せる何とも言えない喪失感。ジョビンもモライスも既に鬼籍に入っている今、ボサノヴァは生みの親を全て失ったのだ。もちろん、上映を待ち焦がれていた本作への思いも一層強くなったが、今となっては別の意味合いが生じてくる。ジョアン・ジルベルトはいくら探しても、もういないのである。

実は昨年リオで行われたプレミア試写会にも出席しこの映画にも再三登場しているジョアンの元妻である歌手のミウシャもまた、昨年末に亡くなっていた。そういう意味では本作は、非常に貴重な記録を残したドキュメンタリー映画になっているのである。

そういう経緯を経てもなお、美しいリオの街並みとジョアンの歌うボサノヴァの名曲を背景に、少しずつジョアンの影に迫っていくスリリングな展開に、僕はどんどん引き込まれた。監督のジョルジュ・ガショ自身の胸の高鳴りが迫ってくるような映像と、どこか哲学的な香りのする語りを、無垢な観客となって楽しんでいた。そして、この現状における最良の結末に、拍手を送りたい気分になったのだった。


ところで、この映画の中でも少し触れられているが、ジョアン・ジルベルトはもう何十年もリオで隠遁生活を続ける中で、例外的に3度も日本の地を踏み、コンサートを開いている。しかもそのすべては、2000年にリリースされた最後のスタジオ録音盤 『ジョアン 声とギター』 以降のことであり、ジョアンの周辺の人に言わせれば、信じられない奇跡のような事態だったようだ。

2003年の初来日は、日本の関係者の懸命の努力と情熱により実現したようだが、そこでのコンサートも含め日本での滞在がジョアンの心をがっちりとつかむ。ジョアンにとって日本の観客は、自分の音楽のことを本当に分かってくれる理想の聴衆のように感じたのだろう。そして、自らこの時のコンサートを指定し、ライブ盤としてリリースする許可を出した。2004年にリリースされた最後の公式ライブアルバム 『JOAO GILBERT in Tokyo』 は、この初来日でのコンサートを録音したものである。


Joao Gilberto in Tokyo (2004) / Joao Gilberto


そして今年、公式映像作品としては初めてのブルーレイ・ディスクでのライブ盤として、2006年の最後の来日時のライブを収録した『Live in Tokyo』が発売になった。生前にリリースが決まっていて、僕も迷わず入手したのだが、これが図らずも追悼盤となってしまった。


Live in Tokyo (2019) Blue-Ray/ Joao Gilberto


日本語で「こんばんは」とつぶやき、少しはにかんだ感じで演奏は始まる。アントニオ・カルロス・ジョビンの「Ligia」だ。この時のジョアンは75歳。親指をぴんと伸ばした独特のギター奏法は、まったく衰えていない。心のままに、正確に刻まれるギターと絡む声の味わいも変わらない。

ジョアンのささやきを決して聞き逃すまいとする観客の息遣いと静寂。曲の切れ間で湧き上がる拍手。所々で長く合間を取る中でその拍手に目を閉じ幸せそうに聞き入るジョアン。11曲目、「O Pato」の途中でメガネがずり落ち曲を中断するハプニングに謝り微笑するジョアン、観客の笑い声と拍手、もう大丈夫とばかりメガネをしっかりかけなおすしぐさをする笑顔のジョアン。2日間の演奏のテイク編集を行っているにもかかわらず、このハプニングテイクをジョアン自身が選んでいるところに、日本での公演の温かい雰囲気そのものをジョアンが受け入れていることを知る。

「コルコヴァード」や「デサフィナード」、「3月の水」などのジョビンの名曲も演奏されていて、おまけに僕の大好きな「Estate」もしっかり入っている。そして最後にはボサノヴァの始まりの曲「Chega de Saudade」と「イパネマの娘」で終わるという、何とも贅沢な集大成だ。

  Link: 『ジョアン・ジルベルト ライブ・イン・トーキョー』予告編


僕たちはもう、ジョアン・ジルベルトを探し出すことはできない。でもジョアンは最後に、素晴らしい映像と音響で、いつでも会うことができる状況を作ってくれたと思いたい。ただただ感謝しかない。

ご冥福をお祈りいたします。



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レディオヘッドの解釈

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気持ちのいいアルバムである。高く澄んだ空をすくっと見上げて、クリアな空気を胸いっぱい吸い込みたくなる。英国の女優、エリザ・ラムレイ(Eliza Lumley)のアルバム『She Talks in Maths』の第一印象はそんな感じだった。


She Talks In Maths (2007) / Eliza Lumley


エリザ・ラムレイと言われても、知っている人は少ないだろう。このアルバムは、彼女が今までにリリースした唯一のアルバムであり、しかも日本盤は発売されていない。それでも、音楽誌の片隅で見たこのアルバムを入手しようと思った理由は、そのサブタイトル「Interpretations of Radiohead」にあった。レディオヘッドの解釈・・・そのアルバムは英国のロックバンド・レディオヘッドの楽曲カバー集のようであり、そのことが、僕の触手を刺激したのだ。

ジャンルも分からない、歌い手も知らない。それでもおそらくはジャズだろうと踏んで、それなりの気分でアルバムに向かった。それなり?・・・それはレディオヘッドをジャズの中で聞く気分、少し欝々とした暗めの気分、というところだろうか。その雛形は恐らく、レディオヘッドの楽曲を好んで取り上げているジャズピアニストのブラッド・メルドーやロバート・グラスパーあたりから来ていたのだろう。時代を代表するジャズミュージシャンである彼らが好んで取り上げるのは、レディオヘッドの悲しくも美しい側面なのだ。もちろん、レディオヘッド自身が醸し出すネガティブ感や鬱屈した感じも影響したのだろう。しかし、その「それなり」の感覚は、このアルバムを一聴して、見事に覆ったのである。


1曲目は「High and Dry」。この短くまとめられたオープニングには肩透かしを食らった。確かにレディオヘッドの曲だけど、こんなに優しい感じの曲だったっけ・・・。エリザはピアノ伴奏のみでシンプルに静かに歌っているが、その印象はこのアルバム全体の方向性を表している。

  Link:  High and Dry / Eliza Lumley

2曲目の「Black Star」はジャズアレンジだが、その上に乗る声は、ひたすらストレートで、トム・ヨークの悩める歌詞さえ聞かなければ、どこにも陰りは無い。

  Link:  Black Star / Eliza Lumley

4曲目の「Let Down」は、ストレートに響き渡るピアノの伴奏のみ。その横に立って、舞台の上で背筋を伸ばし、ライトを見上げ朗々と歌い上げる姿が見えるような歌唱だ。清新な響きに心が洗われたような気分になる。

  Link:  Let Down / Eliza Lumley

5曲目の「No Surprises」もピアノアレンジながら、少し自由度のある伴奏の上を、エリザは囁くように声を乗せる。途中で入る弦楽器もいい味を出し、十分に癒しの音楽に聞こえる。

  Link:  No Surprises / Eliza Lumley


最初の2曲、「High and Dry」と「Black Star」は、レディオヘッドのセカンドアルバム『The Bends』に収録されている曲だが、このアルバムの頃のレディオヘッドは、よくある感じの少し鬱屈した英国のギターロックバンドという印象で、当時ひたすら新しい音を追っていた僕にとってはあまり興味の対象に入っていなかった。

僕自身もアルバムを入手してせっせと聴き始めたのが、その次に紹介した「Let Down」と「No Surprises」が収められているレディオヘッドのサードアルバム『OK Computer』からだ。ブレイクビーツや生楽器、SEサウンドを音響構成の中に大胆に取り入れる手法は、その後のロックバンドの有り方を示唆したアルバムであり、レディオヘッドが、ただのギターロックバンドではないことを証明した名盤である。

そして、レディオヘッドはさらに大きく変化する。4枚目のアルバム『KID A』を聞いた時は、本当にびっくりした。彼らは、電子音を大胆に取り入れ、ほとんどエレクトロニカのバンドになっていたのだ。その中の一曲「How To Disappear Completely」を、エリザ・ラムレイはこのアルバムから唯一取り上げている。そのアレンジは、原曲ほどではないにしても、エレクトロニックな加工が施され、よりスペイシーに気持ちよさを演出している。

  Link:  How To Disappear Completely / Eliza Lumley


とにかく気持ちのいいアルバムである。聴いていると、どんどん浄化されていくような気がする。そして洗い流された後には、曲そのものの魅力だけが残っているのだ。僕はこのアルバムに出逢って、レディオヘッドの楽曲の良さを再認識した。


一通り聞き終わってジャンルを問われても、決してジャズとは言えないだろう。初期の4枚のアルバムから、一本筋の通った目線でおいしい楽曲を選び抜き、エリザ自身が自らの世界で再構築した印象だ。

強いて言うなら、僕にはミュージカルに使われる音楽のように感じられた。一つの世界を、レディオヘッドの曲を使って表現するミュージカル。エリザ・ラムレイの頭の中には、そんな光景があったのかもしれない。それもそのはず、実はエリザはミュージカル女優なのだ。かつて、ABBAの楽曲を使ったミュージカル「マンマ・ミーア」のロンドン・オリジナルのキャストとして主役の一角を担っていた。

今も様々なミュージカル作品に出演しているらしいが、いつの日か、レディオヘッドの楽曲をちりばめたミュージカルを企画し、出演するなんてこともあるかもしれない。しかし、そのミュージカルって・・・・・・きっと、明るくはないよね。



<おまけ>

それぞれの曲を、レディオヘッドの原曲でも聴いてみましょうか。

まずは、セカンドアルバム「The Bends」からです。


The Bends (1995) / Radiohead


  Link:  High and Dry / Radiohead
  Link:  Blackstar / Radiohead

次は、サードアルバム「OK Computer」からです。


OK Computer (1997) / Radiohead


  Link:  Let Down / Radiohead
  Link:  No Surprises / Radiohead

そして、大きな転換点。4枚目のアルバム「KID A」からです。


KID A (2000) / Radiohead


  Link:  How To Disappear Complete / Radiohead



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平成の終わりを迎えて

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今日で平成が終わる。僕はもちろん昭和生まれの昭和世代だと思っているが、よくよく考えると、生きてきた時間は今や平成の方が長くなっている。昭和が終わった日、僕は28歳だった。結婚3年目で子供はいなかった。就職して5年目。まだまだ何もわかっていない、青い時代だった。

いわゆるバブル全盛の時期。世の中には華やかな雰囲気が蔓延していたが、僕たちの世代にとっては、結婚して一家を構えても、サラリーマンでいる限り、地価高騰のあおりで一生住む家すら持つことができないと思える、ある意味理不尽な世の中の流れに翻弄された時代だった。事実、都会で就職していたたくさんの同級生が、その後田舎にUターンした。どこか諦めを漂わせた彼らの当時の言動は、多少なりとも僕の気持ちを代弁していた。

昭和から平成への変わり目は、昭和天皇の崩御がトリガーだったので当然のごとく暗かった。自粛ムードの中、テレビからはCMや音楽が消え、「平成」の元号発表もしめやかに行われた。しばらくは服喪の雰囲気が続いたが、「平成」時代への期待は、少しずつ膨らんでいった。

翌年には、僕たちの元にも待望の赤ちゃんがやってきた。双子の男の子で、生まれる前から大いに心配させられたが、何とか無事に生まれ、そこからは大変な子育てが始まった。

その後のバブル崩壊、インターネットや携帯電話の普及、立て続けの大きな自然災害。確かに戦争は無く平和な時代だったが、それまでの価値観が大きく揺らぎ、変化した時代だった。

僕自身の仕事も大きく変化していった。今の会社では、学生時代から専攻してきた音や音楽に関わる仕事を、希望通りさせてもらえていた。大変なことも多かったが、今考えると宝物のような日々だった。その仕事も事業撤退という憂き目に合い、入社20年で離れざるを得なくなる。悩んだ末に職種転換を果たしたが、時代の苦悩を体現したような今の仕事も既に長く、今やそれなりにプロフェッショナルだ。

平成と共に我が家に出現した子供達も、それぞれの人生を生き、今29歳。平成を迎えたときの僕の年齢を既に越えている。一人の息子は大学院を卒業後、就職で東京に行き、この時代の変わり目に合わせるように転職、ベンチャー立ち上げに参画するらしい。もう一人の息子は、最初の就職先を3年でやめ、数年前に大阪に戻ってきて再就職した。僕たちも大変心配したが、その後結婚し、昨年子供が生まれ、自宅も構えた。待望の女の子は、僕たちにとっては信じられないことに「孫」という存在なのだ。

いいことばかりではない。この年代特有の様々な問題は、例外なく僕たちの上にも降り注ぐ。喜びや悲しみが何層にも積み重なって、僕たちの平成時代を形作っている。


平成の時とは違って「令和」の入口はとても明るい。まるで大晦日、明日は元旦、そんな気分だ。紅白歌合戦もおせち料理も無いけれど、お祝いムードの中での新時代の幕開けは、どこか晴れやかだ。

そういう中で、僕たちにとっての「平成」を振り返っている。書いてしまえば簡単なことでも、しっかり振り返れば、ひとつひとつがなかなかドラマティック、いや、シネマティック、かな・・・・・・ということで、今日の一枚は、ザ・シネマティック・オーケストラの2007年のアルバム『Ma Fleur(マ・フラー)』でいくとしよう。


Ma Fleur (2007) / The Cinematic Orchestra


今年12年ぶりのアルバム『To Believe』を出したばかりのザ・シネマティック・オーケストラ。僕も先日思い立って、日本盤の半額で手に入る直輸入盤をネットで注文したんだけど、実はまだ英国から送られてきていない。今日は12年前に発売された、前作の紹介だ。

ザ・シネマティック・オーケストラは1999年に英国の音楽家ジェイソン・スウィンスコーが結成したグループで、ジャンルはエレクトロニカやニュージャズに属する。とは言え、電子音楽という感じでも無い。生音がしっかりフィーチャーされ、ゲストボーカルの入った歌ものも多く、一編の音楽がまさにシネマティックに迫ってくる独特な世界観を見せてくれる。

そんな彼らのアルバム『Ma Fleur』は、「愛と喪失」をテーマに架空映画のサウンドトラックとして作られたアルバムで、どこまでも美しく、静けさに満ちた音楽が詰まったこの一枚は、僕の大好きなアルバムだ。特にボーカルとしてこのアルバムに参加している3人のアーティストが、統一された色合いの中にも個性的な輝きを放っていて、アルバム全体を豊かにしている。

まずはカナダ出身のパトリック・ワトソン。1曲目の「To Build a Home」を含め、4曲にピアノ、ボーカルで参加している。女性の声に聞こえなくもない彼が表現する世界は、とてもセンシティブで、感傷的に響く。

  Link: To Build a Home (ft. Patrick Watson) / The Cinematic Orchestra

9曲目の「Breathe」でなんとも個性的なヴィンテージ・ヴォイスをゆったり聞かせてくれるのは、セントルイス出身のクラシカルソウルのレジェンド、フォンテラ・バスだ。録音当時67歳だった彼女は、その5年後に亡くなっている。

  Link: Breathe (ft. Fontella Bass) / The Cinematic Orchestra

11曲目「Time & Space」でこのアルバムの最後を飾っているのが、マンチェスターのトリップポップバンド、ラムのボーカルだったルー・ローズだ。その少女のような声は、彼女のファーストアルバムを聞いて以来大好きなのだが、このアルバムの中でもその核心的なメッセージの発信に一役買っている。

  Link: Time And Space (ft. Lou Rohdes) / The Cinematic Orchestra

11編の音楽が様々な趣向で組み上げられたアルバムの世界は、統一感を持って「愛と喪失」を描いている。インナーブックにはそれを表現する11枚の写真もあって、その音楽世界を視覚的にフォローする。ただただじっくり浸っていたい、そういう素晴らしいアルバムである。


間もなく、令和の時代を迎える。最初にこの元号を見たときには、どうもピンと来なかったが、今はとてもしっくり来ている気がする。決して華やかではない。でも、ジワリと迫って、キリリと締まる。そんな感じかな。

ゆっくりスタートしてもいい。僕たちにとっても、そして子供達、その先の世代にとっても、いい時代になって欲しい。『Ma Fleur(=私の花)』の音楽を聴きながら、平成の終わりと令和の始まりに思いを馳せる一日である。


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The Moon is a Harsh Mistress

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前回、アメリカのSF作家、ロバート A. ハインラインの小説 「夏への扉」 を読んで、山下達郎の懐かしい同名の曲がその内容を歌っていたことに気づき、少しばかり驚いたことを書いた。実はこの話には続きがある。

「夏への扉」 で俄然勢いづき、この流れで引き続き読んでみようとアマゾンサイトを物色中、ちょっとそそられるタイトルの本が目に留まった。「月は無慈悲な夜の女王」・・・うーん、意味わからんけど、何とも不思議なタイトル。おまけに、「ヒューゴー賞受賞のハインライン最高傑作」とある。おおっ、文庫本なのに1200円以上するなんて、きっと分厚い本に違いない・・・ふふっ、相手にとって不足はない・・・かも。


月は無慈悲な夜の女王/ ロバート・A. ハインライン


少しひるみつつも、内容をもう少し知ろうと訪れたホームページには原題が記されてあった。「The Moon is a Harsh Mistress」・・・おいおい、なんだか見覚えがあるぞ。というか、前々回のブログで紹介したニルス・ラングレンのアルバムにも入っていた僕の大好きな曲のタイトルと同じだ。偶然の一致と思えるほど単純なタイトルでもないので、何か関係があるのだろう。ということで、またまたアマゾンでポチってしまった。

送られてきたその本は予想通りの分厚さ、700ページ近くある大作だった。もし店頭で遭遇していれば、確実に戦意を喪失しそうな重量感だ。とはいえ、まだ 「夏への扉」 の余韻も残る中、海外SF小説を畳みかけて読むべし!読むべし!読むべし!と、「明日のために、その1」風に、早速とりかかったのだが・・・これがなかなかの曲者。一筋縄では行かなかった。

原作は50年以上前に発表されたものだが、作品の舞台は2075年の人の住み着いた月世界社会である。地球での罪人の流刑地からスタートした月世界は、既に2世、3世もいる地球の植民地として、自治政府に管理されている。その中で、主人公であるコンピューター技術者・マニーと、自意識を持つAIコンピュータ・マイクが、月世界独立を目指す仲間と関わり、時期を得て独立戦争を仕掛け、地球からの独立を勝ち取るというストーリーだ。

海外SFの初心者と言ってもいい僕にとって、この本を読み切るのは大変だった。単に長いだけではなくて、戦闘ものの要素もあり、そこに現代と全く作法の違う未来社会の詳細の描写が加わって、ある意味非常に読みにくい。エキサイトして前に進むところももちろんあったのだが、夜眠る前の読書では、ボーっ読んでいるとすぐに眠気が襲ってきて、遅々として進まない。結局ひと月近くかかって、なんとか最後までたどり着いた、というのが正直なところだ。

感想は?と問われると、何とも複雑である。様々なところでAIが脚光を浴びている現在の視点からも興味深い部分が無くはない。しかし、SFに興味のない人に積極的にお勧めできるか、と問われると・・・なかなか難しいかな。マニアックな人にとってはたまらないんだろうけどね。

本国アメリカでは「夏への扉」以上に、本作は人気で、今でもSF小説のオールタイムベストでは常に上位に位置しているようだが、日本ではいまいちというのは、分からなくもない。アメリカの独立戦争を思わせる戦いのストーリーは、彼の国の心の部分に訴えかける何かを持っているのだろう。


ところで、今やスタンダードとも言える同名の曲「The Moon is a Harsh Mistress」との接点なんだけど、読んではみたものの、感じ取ることができなかった。小説の雰囲気がこの曲にあるのか、と問われても何とも言えないし、その歌詞もちょっと不思議な感じだけど、直接は結びつかない。

曲の作者はソング・ライターとして有名なジミー・ウェッブ。アメリカンポップスの黄金時代、「ビートでジャンプ」や「マッカーサー・パーク」、「恋はフェニックス」などの作者として、何度もグラミー賞をとった人物である。

この曲は、ジミー・ウェッブが1977年に発表した自身のアルバム『エル・ミラージュ』に入ってはいるが、その数年前からジョー・コッカーやグレン・キャンベル、ジュディー・コリンズなどもアルバムで取り上げ、その後もリンダ・ロンシュタットやケルティック・ウーマンなど、現在に至るまで本当に数多くのミュージシャンに採用されている。しかし、シングル曲としてヒットチャートに乗ったことは一度も無いというのだから不思議だ。

  Link:  The Moon's a Harsh Mistress / Jimmy Webb



El Mirage (1977) / Jimmy Webb


この曲の日本語タイトルは、日本盤の『エル・ミラージュ』を見れば、「月はいじわる」とある。月を彼女に見立てて、近そうで遠い、温かそうで冷たくされる、そんなちょっと大変な恋を歌っているようであり、小説との共通点を見出すことはできない。

調べていると、ある音楽誌のインタビューでウェッブ自身が語った記事を見つけた。それによると、ジミー・ウェッブは子供の頃から、学校で学ぶ以上にたくさんのことをSF小説から学んだと言えるほどのSFマニアだったようだ。そういう彼が、ハインラインの小説のタイトル「The Moon is a Harsh Mistress」を見て、これまで出会った中で一番のタイトルだ、と感じた。そのタイトルを使って曲を作りたいと思った彼は、ハインライン本人に確認をとり、タイトルの使用を許されて曲を作り、世に出したという。


さて、僕はこの曲をいつ頃知ったのだろう。おそらくは、パット・メセニーとチャーリー・ヘイデンのデュオアルバム、『ミズーリの空高く』で初めて聞いたように思う。このアルバムは1997年の発売直後にかなりのめり込んで聴いていたので、特に意識することなく、そのアルバムの中の一曲として僕の中に定着した。しかし、タイトルを特定できるほど印象的だったわけではない。

  Link:  The Moon Is A Harsh Mistress / Pat Metheny With Charlie Haden



ミズーリの空高く (1997) / Charlie haden & Pat Metheny



この曲が、そのタイトルと共に僕を完全にとらえたのは、北欧ノルウェーの伝説的女性シンガー、ラドカ・トネフとピアニストのスティーブ・ドブロゴスのデュオアルバム『Fairytales』での静かな歌と演奏である。

  Link:  The Moon's a Harsh Mistress / Radka Toneff



Fairytales (1982) / Radka Toneff


このアルバムは、1982年のリリースだが、その直後にラドカ・トネフは自ら命を絶ち、30年という短い生涯を閉じたという。そうした悲劇的な結末を思い描くからだろうか、全般的に不安定さや線の細さを感じてしまう部分もあるのだが、そこでの魂の火を揺らすような静かな歌唱とクリアで静謐なピアノサウンドは、聴くものをしっかりと捉える。今でもノルウェーでのベストジャズアルバムに選ばれるほど、このアルバムの母国での評価は高いのだが、その冒頭を飾るのが、「The Moon is a Harsh Mistress」なのだ。

近くに見えて遠い、温かな色なのに冷たい。この曲の持つ月の二つの表情を、彼女は自らと重ねていたのだろうか。数年前にこの演奏を聴いて以降、僕の中でのこの曲のイメージは、このアルバムと重なっている。


同じハインラインのSF小説が起点ではあっても、山下達郎の「夏への扉」の場合と違い、タイトルは借用したものの、内容は小説とは全く違っていた。その違いは、二つの日本語タイトル、「月は無慈悲な夜の女王」と「月はいじわる」にも表れているのだろう。

でも、本当にそうなのかな。小説を読み終えてしばらくたつが、なんとなくその基調に流れるものは、音楽の印象と一致しているように感じ始めているのはどういうことだろう。それを確かめるには、再読しかないのだが・・・・・・うーん、やめておこうっと。



 ★ アルバム写真は、Amazonサイトにリンクしています


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