Jerrio's Cafe

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ヘルシンキでのこと、あれこれ

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◆それは、お日柄の良い日だった...

ヘルシンキのシンボルといえば、ヘルシンキ大聖堂だろうか。この白亜の教会と、その前方に広がる元老院広場は思った以上に巨大だった。階段に座ってしばしくつろいだあと、建物の正面まで上がってみたが、開いているはずの入り口が閉じていた。この時期は9時から24時まで建物の中が公開されているはずだが、その日は昼間は公開中止、開くのは18時からと書かれた立て札が。どうりで観光バスはたくさん見えているのに建物の近くは閑散としているはずだ。

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僕はこういうところでは、人のいない方に、ちょいと行ってみたくなる性質で、ひとけのない大聖堂の周りをぐるっと一周してみようと思い、右手側から裏手のほうに回ってみた。表とは全く違って何も無かったが、その裏手の建物のふちに一人ぽつんと座って黙々とアイスクリームか何かを食べている女の人がいた。うーん...日本人っぽい。年の頃なら30代半ばというところだろうか。正面の階段に座って眺望を楽しみながら食べればいいのに、何もこんなところでひとりポツンと...と思わないでもなかったが、まああまり詮索せず、そっと横を通り過ぎた。

正面から見て左手に当たる場所にさしかかったとき、完全に閉じられていた教会のドアが突然開いて、正装した人が出てきた。ここも広場からは見えない位置で観光客もいない。なるほど、公開中止は結婚式があったからなのだろう。どんどん参列者の人垣が大きくなり、やがて花嫁と花婿が姿を現す。ライスシャワーのあと記念撮影。その間にやってきた黒いアウディーに、誰かが空き缶を取り付けている。撮影が終わると花嫁と花婿はその車に乗り込み、あっという間にガラガラガチャガチャと賑やかな音を立てて去っていった。

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その2時間後、海辺のマーケット広場前から出ている小さなフェリーにちょいと乗り込み、15分で到着する要塞の孤島、世界遺産のスオメンリンナ島へ行ってみたが、そこにあるスオメンリンナ教会でも、閉じられていたドアがスッと開いて、ぞろぞろと人が出てきた。またまた結婚式だったが、こちらは要塞の島にぴったりの海軍式で、ピリッとした中にも、とても暖かい雰囲気がにじみ出ていた。あるいは新郎は海軍の人だったのかもしれない。

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しかし、偶然とはいえ、こんな風に結婚式に行き当たるのはラッキーなのだろう。このブログでも、「フィンランドで結婚式」なんて話を何度か書いたので引き寄せられたのかもしれない。日本だったら思わず「ついてるなあ。今日は大安なんだっけ。」となるわけだけど、その日はきっと、フィンランド的にもお日柄の良い日だったに違いない。


◆ハンドパンのイケメン青年は静かに笑った...

ヘルシンキの街角で、見たことも無いUFOのような打楽器を抱え、幻想的な音楽を奏でている青年に出くわした。指で弾いて鳴らす金属製のその楽器はスティール・ドラムのような音だが、単音ごとの余韻が素直に伸びて、独特なハーモニーで幻想的な世界をつくっている。足を止めて聴き入っている人も多く、その時はしばらく聴いてその場を離れた。

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その数時間後、今度はスオメンリンナ島のエントランス通路で、同じ人が演奏しているのに出くわした。ただそこでは、聴いていると突然、「私、ヘルシンキ市観光課の職員ですが、それが何か。」という感じの女性(私的見解です)が現れて、演奏が中断。

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「ちょっとすみません、ここで演奏されたら困るんです、世界遺産なので。いや、演奏は素晴らしいんですよ。でも、ほら、ここのところに書いてあるでしょ、この島で演奏して、チップを取ってはいけないっていう決まりなのよ。世界遺産だから...」
「あ、そうだったんですか。ずっと以前から演奏していたけど、そんなこと言われたの初めてです。でも、どうしていけないんでしょうね、世界遺産だと。 」
と、そこに、先ほどまで演奏を聴いていた女性二人が割って入って、

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「そうよそうよ、いい演奏だったじゃない。それにイケメンだし。世界遺産で、何が悪いのよ。」
詰め寄られた職員は、あくまでも毅然として、
「そんなこと言われても、私が決めたわけじゃないし。決まっていることなんです。申し訳ないけど。世界遺産なので。」
そのイケメン青年は、「分かりました。片付けます。世界遺産ですからね。」と、きっぱり世界遺産的に納得し、六角形のケースの中に溜まったコインを持参した袋に入れ、ケースに楽器を入れてふたをした。(とまあ、やりとりは多分フィンランド語だったので、せりふは全て僕の想像ですが。。。)

横でじっと僕も見ていたんだけど、片づけが終わって立ち去ろうとしていたその青年に、「その楽器、初めて見たんだけど、なんていう楽器なの?」と、英語で聞いてみた。少し沈んでいたイケメン青年は、一転、目をきらきらさせながらにっこり笑って、「色々呼ばれてるけど、一般的にはハンドパンかな。でも国によっては呼び方が色々あって、ロシアでは***、ドイツでは×××、オランダでは△△△、う~ん、他には○×△◇&#$%!?*・・・」

最初のハンドパン以外は全く忘れてしまったが、僕は丁寧に受け答えをしてくれたイケメン青年に、ありがとう、いい演奏だったよ、とお礼を言い、青年とは反対の方角を目指した。この楽器、本当にいい音がしていた。今度探してみようかな。


◆ムーミン谷はもぬけの殻かも...

さすがにこの年で、フィンランドといえばムーミンワールドに行かなきゃ、なんてことは考えないのだが、ヘルシンキ中央駅前にあるアテネウム美術館に旅程2日目の開館に合わせて訪れると、たまたまトーベ・ヤンソンの生誕100周年の大回顧展をやっていた。ムーミンの原作者として有名なトーベ・ヤンソンはヘルシンキの人であり、芸術家としての彼女の足跡を細かくたどった回顧展で、美術学校時代からずっと書き続けていた風景画や人物画、戦時中雑誌に掲載していた風刺画など、たくさんの芸術家としての作品、ムーミンの世界に繋がる変遷を年代を追って見ることができた。ムーミン関連の著作の原画も時代に沿って多数展示してあったが、著作以外でいえば、本国では、アニメーションではなく着ぐるみや人形劇の方がポピュラーなようで、その関連の展示も興味を引いた。

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僕がテレビでムーミンの日本製アニメを見ていたのは小学生時代。日曜日の夜7時半、妹と二人でかなり真剣に見ていた覚えがある。その頃の「ムーミン」は、たびたび絵の感じが変わったが、その理由がトーベ・ヤンソンのダメ出しだったことを知ったのは後年のことだ。スノークの女の子、フローレンの名前が、原作には無い「ノンノン」で、しかも頭にリボンをつけたノンノンを覚えているとすれば、それは最も初期のムーミンを知っている、僕と同世代だろう。

回顧展を見終わって帰る頃、美術館のショップ前にリトル・ミイやスナフキン、それにムーミントロールやムーミンママが出現した。リトル・ミイを見ると、本で見たムーミンワールドの写真に出てくるリトル・ミイの役者さんなので、本物(?)のようだ。地元の子供たちが群がってきて大はしゃぎし、両親は遠巻きにながめたり、写真を撮ったりしている。

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うちの奥さんもリトル・ミイと写真を撮りたいというので、ちょっと抵抗はあったがお願いして撮らせてもらった。しばらくその周辺にいると、僕たちより幾分若い日本人女性から、「お願いしていいですか」とちょっと興奮気味にカメラを渡された。僕も愛想よく、「いいですよ」とムーミン達の中で楽しそうにポーズをとるその人の写真を数枚撮ってあげたのだが...よくよく見ていると、ムーミン達のそばにいるのは、地元の子供たちとそれなりの年齢の日本人女性たち、という不思議な被写体空間ができあがっていたのだ...う~ん、日本では懐かしいムーミンも、フィンランドでは息の長い子供達のための物語なんだろうけど、現地の親世代の目にはこの光景、どう映ってるんだろうね。

ところで、ここにムーミンたちがいるということは、今、ナーンタリ(ヘルシンキから2時間ほど)にあるムーミンワールドのムーミン谷はもぬけの殻ということでは...と、土曜日の午前中、出張中のムーミンたちを見つつ、ムーミンワールドで待ちわびている子供たちの心情を思い、同情したのでした。


◆カフェ・アールトで、出会ったのは...

賑やかなエスプラナーディ通りの最も西側の角にあるフィンランド最大のデパート、ストックマン百貨店の道を隔てた向かい側にアカデミア書店がある。この二つは地下で繋がっているが、アカデミア書店の建物はフィンランドを代表する世界的な建築家でありデザイナーである、アルヴァ・アアルトが建てたもので、吹き抜けで天窓のついた内装がとても美しく、その2階にカフェ・アアルトがある。

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この書店内にあるカフェは、映画「かもめ食堂」で、小林聡美扮する主人公サチエが、片桐はいり扮するミドリを初めて見かけ「ガッチャマンの歌」の歌詞をたずねるシーンで使われた場所だ。日本人にとっても違和感の無い喫茶店で、制服姿のウェイトレスさんの雰囲気も含め、日本の百貨店にある喫茶店風であり、コーヒーもケーキもとてもおいしかった。

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ここでお茶を楽しんで、もうそろそろ行こうかな、という頃、うちの奥さんがスマホに何か文字を打ち込んで僕に見せてくれた。「となりの人、オトタケさん?」そう書かれていた。確かに横は男性2名、女性2名の日本人のようだったし、ずっと部分的に聞こえていた会話も日本語だった。横には車椅子のようなものがあったのは気づいていたのだが、その横で席についている人は、こちらに背中を向けていることくらいしか、気にしていなかった。

すぐに横を向いて確認するのも失礼だろうと、しばらくしてそれとはなく横を見ると、確かに著書「五体不満足」がベストセラーとなった作家の乙武洋匡さんのようだった。席についてすぐならともかく、もう随分長い間席を並べていて、今さら「いやー、乙武さんではないですか。一緒に写真撮ってください。」なんてちょっと言えない。多分そんなことを言われ続けている日本を離れ、せっかく異国の地で羽を伸ばしているのだから、知らないふりをするべきじゃないかな、いや、これだけの著名人に声をかけないのは、逆に失礼かな、なんてことをいろいろ思っているうちに、乙武さんたちは帰り支度をして、席を離れた。

後日、乙武さんのツイッターでアカデミア書店近くのマリメッコ前のソファーに座っている乙武さんの写真を確認、北欧を旅行中だったことを知ったんだけど...やっぱりこんな場所で、なかなか声ってかけられないものですね~。


◆雨どいのシールに出版社の社風を見た...

デザイン・ディストリクトと呼ばれる地域のウーデンマー通りを歩いているとき、書店のような場所に人が入っていくのが見えた。つられて中に入ってみると、本のある大きな部屋がいくつか見える。入って左側の部屋に、本を物色している人がいたので、そこに入って何冊か内容を見てみると、児童用の楽譜や教育書だった。全ての本の出版社名が「OTAVA」とあるので、ここはOTAVA社という出版社だとわかった。こうやって自社の本も売っているのだ。

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さらに奥に進んでいくと、レジの人しかいない大きな部屋に絵本がディスプレイされている。絵本だったら分かるかなと思って見てみるけど、やはりフィンランド語でさっぱり分からない。しばらく見ていて、その一角に「Beatles with an A / birth of the band」という英語で書かれた絵本が大量に飾られているのに気づいた。著者はマウリ・クンナス。どうも、フィンランドでは著名な絵本作家のようだが、「趣味はビートルズ」と公言している人らしく、その本の中身はデビュー前のビートルズを描いたコミック形式の絵本だった。

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うん、これはいい、ということで迷わず購入。これが相当マニアックな本で、ビートルズの4人+デビュー前に抜けたスチュアートとピートが絡むデビューに至るまでのエピソードをコミック形式で描いた大人のための絵本だった。日本では売ってないようだけど、日本語訳を出せば、案外受けるんじゃないかな。

ちなみにこの出版社、対応してくれた人もいい雰囲気だったけど、その歴史を感じる建物も素敵なものだった。表に出て建物を見上げると、建物の壁に沿って縦向きにコーティングのはがれかけた雨どいが走っていた。その雨どいの手の届くか届かないかのところに、修復のつもりなのか何とも言えない絵柄のシールが貼られていたんだけど、そののほほんとしたキャラクターに、たくさんの児童書を出しているOTAVA社の社風を見たような気がしたのでした。

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<おまけ>

おーっと、音楽を忘れてた。ヘルシンキではジャズ・クラブにも行きたくて、色々調べてたんだけど、結局思ったものに行き当たらず、あきらめたのだった。フィンランドはヘルシンキということで、この人のライブでもあれば何としても行きたかったんだけど。その人とは、ジャズ・トランペッターであり、ファイブ・コーナーズ・クインテットのリーダーでもあるユッカ・エスコラだ。数年前に聴いた彼のデビュー盤やファイブ・コーナーズ・クインテットのアルバムで一気にファンに。とにかくかっこよくて、センスを感じる北欧クラブ・ジャズ。皆さんもぜひ!

  Link:  Buttercup / Jukka Eskola
  Link:  1974 / Jukka Eskola


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Jukka Eskola / Jukka Eskola



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