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Jerrio's Cafe ~ for music lovers

店主Jerrioのよもやま話と、ジャンル無用の深淵なる音楽の世界にようこそ...

The Moon, The Stars And You

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何気なく聴いた音楽が、思いがけず心に沁みることがある。

とあるコンピレーションアルバムの中の一曲。音楽を流しながら拡げた雑誌に目を落としつつも、文字を追っていたわけではなく、考え事をしていた。そんな中でこの曲に意識が行ったのは、バッハの無伴奏を思わせるような、開放弦の響きが印象的なチェロの前奏に、ふと耳が留まったからだろうか。

ゆったりとテンポをとるピアノとドラムス、ベースが続き、やがて少しかすれた男性ボーカルが重なる。決して流暢ではないけれど味のあるその声は、思い切りやさしい。心惹かれるシンプルで穏やかなメロディーは、初めて聞いたはずなのにどこか懐かしくさえある。どうしようもない堂々巡りの思考を氷解させてくれる音の流れに、心ならずも胸が詰まってしまった。誰の演奏かは不明だったが、時にこういうこともある。

途中、間奏にトロンボーンのソロが入る。これがいい。チェロとトロンボーンと渋い男性ボーカル。音域的なマッチングはばっちりだが、その時ピンときた。そう、このどこか聞き覚えのある声とトロンボーンの音色・・・ニルス・ラングレンだ。

ニルス・ラングレンは北欧・スウェーデンの誇るトロンボニストだが、シンガーとしても人気がある。以前、スタンダード曲を歌ったアルバムを聞いた時も、なんとも言えない味わいに惹かれたが、トロンボーン吹きとしては少しイメージが異なる。自らファンクユニットを結成し、ビートの効いたファンクミュージックを縦横無尽に吹きまくる、そんな印象だ。見た目もごっつい。ステテコ姿に雪駄で腹巻きでもして目の前に立たれたら、思わず謝ってしまいそうだ。

多少の疑念を感じながらも、その優しい音楽の主を確認すると、やはりニルス・ラングレンだった。曲名は 「The Moon, The Stars And You」。 「月と星と君」 などとまあ、どの口が言うてんねんとツッコミたくなるような、その風貌にマッチしない何ともロマンティックな内容なのである。

  Link: The Moon, The Stars And You / Nils Landgren


この曲の入った同名タイトルのオリジナルアルバム(2011年リリース)があると知り、早速入手した。これが、なんと前回(と言っても、ずいぶん前の話になってしまって恐縮ですが・・・)紹介したダイアナ・パントンのアルバム 『ムーンライト・セレナーデ ~月と星のうた』 と同様のテーマ、月と星にまつわる音楽をニルスが歌って吹く企画盤だったのだ。

考えてみればジャズ向きの曲には、昼間の太陽より、夜輝く月や星の方が似合っているのかもしれない。少し違うのは、ダイアナ・パントンの場合は、シンプルな構成でスタンダードナンバーを中心に歌うアルバムだったのに対し、ニルスのアルバムは、自らのオリジナル曲も含め、もう少しバリエーションに富んだ選曲をしているところと、演奏面では世界中に幅広い交友関係のあるニルスならではの豪華さがあるところだろうか。

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The Moon, the Stars & You (2011) / Nils Landgren

アルバムは、キャット・スティーブンスの70年代のヒット曲 「Moonshadow」 で始まる。イントロは、ゲストでもあるリシャール・ガリアーノ奏でるアコーディオンの軽妙なソロ。バックを担うエレクトリックギターやパーカッションも含め、全体的に歪んだ印象の上に、穏やかに重なるニルス・ラングレンの声が、少し不思議な感覚でマッチしている。

2曲目に置かれた前述の 「The Moon, The Stars And You」 は、ニルス本人とピアノの盟友ミハイル・ウォルニーの共作だった。クレジットにチェロは出てこないので、名ベーシストでチェロにも長けているラーシュ・ダニエルソンが弾いているのだろう。

そのラーシュと、パートナーであるデンマークの歌姫セシリア・ノービーの共作 「Angels Of Fortune」 では、セシリアとニルスの素晴らしいデュエットを聞くことができる。

たくさんの共演も果たしているピアノのジョー・サンプルやドラムスのスティーブ・ガッドというビッグネームもゲスト参加していて、ニルスのオリジナル曲 「Joe’s Moonblues」 では、ジョー・サンプルらしいソウルフルでブルースフィーリングに満ちた演奏を披露している。

他にも、スタンダード曲としては、ヴァン・ヒューゼンの「Oh You Crazy Moon」やマンシーニの「Moon River」、変わり種としては、作者でもあるギタリストのジョアン・ボスコ自身が参加してニルスのボーカルと軽妙にかけあうブラジリアンポップの名曲 「Holofotes」 やファンク・トロンボニスト/ニルス・ラングレンの側面を少しだけ垣間見ることができるハービー・ハンコックのアーバンメロウなダンスナンバー 「Stars In Your Eyes」 などもしっかり配置されている。

  Link: Stars In Your Eyes / Nils Landgren

しばしば共演しているビッグバンドやオーケストラのサウンドも印象的だ。僕も大好きなジミー・ウェブの名曲 「The Moon’s A Harsh Mistress」 では、NDRビッグバンドを率いて、この編成ならではの響きを気持ちよく聞かせてくれる。最後の曲 「Lost In The Stars」 はクルト・ワイル作のミュージカルナンバー。この曲をバックで演奏するのは、ニルスの母国スウェーデンのロイヤル・ストックホルム・フィルハーモニー管弦楽団という豪華さだ。重厚な響きに支えられながら、ニルスは穏やかに歌い、見事なソロを吹き、アルバムを締めくくる。

  Link: Lost In The Stars / Nils Landgren

やはりニルス・ラングレンはただのおっちゃんではなかった。トランペットを吹きつつ歌うジャズミュージシャンはたくさんいるけれど、歌うトロンボーン吹きは貴重だ。楽器がかさばるので、なかなかカッコよく両立できないのかも知れないけれど、こういう味のある二刀流ミュージシャンはもっといてもいいと思う。


何気なく聴いた音楽が、思いがけず心に沁みることがある。その音楽の連鎖から、思いがけず広がる世界もある。音楽の海は広く深い。いや、今日のテーマで言えば、音楽の空は広く高い、かな。


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パントンケント揃い踏み

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「最近カナダのダイアナに心酔している」と書くと、ダイアナ・クラールのこと?なんて思われるかもしれないが、少し・・・いや、ずいぶん違う。ちょっとこわいダイアナ・クラールの声とは正反対のイノセント・ヴォイス。いわゆる、かわいい系の声だが、その声の置き方や音程の取り方にも、天性と思えるキュートな味わいがあるジャズシンガー。正解はダイアナ・パントンだ。

2年ほど前、たまたま手にした彼女のセカンドアルバム『ムーンライト・セレナーデ ~月と星の歌』で、その声と雰囲気にたちまち捉えられてしまった。ベースやピアノのマルチプレイヤーであり彼女の師匠でもある巨匠ドン・トンプソン、ベテランギタリストのレグ・シュワガーと3人で紡ぐ「月と星」をテーマにした音楽は、眠りにつく前の精神安定剤、時には極上の睡眠導入剤にもなってくれた。

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ムーンライト・セレナーデ ~ 月と星のうた (2007) / ダイアナ・パントン

聞きなれたスタンダード曲を、既に埋もれてしまったようなヴァースの部分も含めとても丁寧に歌う彼女の解釈は、その曲の持つ新しい魅力にも気づかせてくれる。たとえば「Fly Me to The Moon」。ヴァースをカットしたフランク・シナトラのバージョンが有名だが、彼女が歌うのは、もちろんヴァース付きだ。

  Link:  Fly Me to The Moon / Diana Panton

「Quiet Nights Of Quiet Stars」はアントニオ・カルロス・ジョビンの名曲「コルコヴァード」の英語版タイトル。ボサノヴァも大好きな彼女は、この曲を最初フランス語で歌い、間奏後に英語で歌っている。聞き慣れているのはポルトガル語や英語だが、アルバムを何度か聞くうちに、この曲はむしろフランス語の語感に合っているように思えてくる。

他のアルバムも含め、英語だけでなくフランス語で歌われている曲も多い。それもそのはず、彼女はフランス文学のマスターを持っていて、地元カナダ・ハミルトンの高校で教壇に立ち、時にはパリの大学でも教えているらしいが、その曲にはフランス語の方がふさわしいと判断すれば、フランス語のバージョンを歌っているようだ。

  Link:  Quiet Night Of Quiet Stars (CORCOVADO) / Diana Panton

日本盤のタイトル曲「Moonlight Serenade」や「Moon River」など、有名曲を深く理解して彼女独特の世界を作り上げるだけでなく、あまり聞かない古い隠れ名曲もじっくり掘り下げ歌って聞かせるスタイルは、柔らかいのに凛としたところもある彼女の音楽に対する姿勢を十分に感じ取ることができて、幸せな気分になるのだ。

  Link:  Moon River & Moonlight Serenade / Diana Panton

今まで8枚発売されているオリジナルアルバムも、それぞれに違ったコンセプトで丁寧に作られていて、一枚ずつ楽しみながら買い足していくうちに、いつの間にか全て愛聴盤になっていた。

その声はブロッサム・ディアリーに似ているとよく書かれているが、確かにそうかもしれない。ただ、ブロッサム・ディアリーの音楽からは、その声を武器に自らを演出するショービズの匂いを感じるのだが、ダイアナ・パントンにその匂いは無く、どこまでもナチュラルでやさしい感覚だけが残るのだ。


それよりもその音楽の類似性という点で僕の頭に浮かぶのは、ここでも何度か紹介しているステイシー・ケントだ。知的な印象や、声質・選曲での共通点もあるし、英語ベースでありながらフランス語を曲によって使い分けるところも共通している。強固なバックサポートの上で彼女たちが自由に羽ばたいているように感じるところも、似ているかもしれない。ステイシー・ケントの場合は夫であるサックス奏者のジム・トムリンソンが、ダイアナ・パントンの場合は師匠であるドン・トンプソンがデビュー以来一貫してプロデュースから演奏に至るまで、愛情を持って支えている。

何よりその共通点も含め、僕自身の嗜好にぴったり来ているのだろう。様々なタイプの女性ジャズシンガーがいる中で、今やこのキュートな二人の音楽が、我が家のステレオセットを占拠する率は極めて高い。


とまあ、そんなこんなで、僕を幸せな気分にしてくれている二人が、この秋、そろって新譜を出すという情報を数か月前にキャッチした。お店に行ったときに買いましょう、なんて悠長なことは言っていられない。とにかく出たらすぐ聞きたい。ということで、結構早くからアマゾンで予約のポチッを押していた。

まず9月の終わりに届いたのが、ダイアナ・パントンの新譜、『シーズンズ ~美しい季節』だった。今回はフリューゲルホルンとサックスが加わった編成だが、やはりドラムレス。彼女の音楽でドラムスの入ったものは本当に少ないが、それはダイアナ・パントンの柔らかい声を殺さないようにとの配慮だろうか。

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シーズンズ ~美しい季節 (2017) / Diana Panton

このアルバムは四季をテーマにしている。春夏秋冬、それぞれの季節をうたった音楽は、やはり隠れ名曲の宝庫であり、図書館ガール、ダイアナ・パントンがじっくり探求し、咀嚼し、積み上げた音楽なのだろう。変わらぬ穏やかな雰囲気に満ちている。

  Link:  Solstice - Equinox / Diana Panton(Promotion/台湾)

そんな中でひときわ目を引くのがボサノヴァの名曲「Estate(夏のうた)」だ。イタリアのポピュラーソングをジョアン・ジルベルトがイタリアツアーの際に見出し、自らのアルバムで歌ったことをきっかけにボサノヴァの定番になった切ない曲である。この曲を実に自然に歌うダイアナ・パントンの変わらぬ声。演奏がまたいい。レグ・シュワガーのギターとドン・トンプソンのピアノ、ベースのリズムセクションに絡むグイド・バッソのフリューゲルホルンは涙ものだ。

通しではまだあまり聞けていないが、時間をかけてじっくり聴きたい一枚であり、またまた愛聴盤に仲間入りしそうなアルバムである。


一方のステイシー・ケントの新譜「I Know I Dream ~ the orchestral sessions」は初のオーケストラ伴奏ということで楽しみにしていたのだが、発売日当日(10月25日)に手元に届いた。輸入盤の発売は11月10日ということだったので迷わず日本盤にしたのだが、こちらは新譜を待つ間にビッグニュースが入ってきて驚いた。

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I Know I Dream (2017) / Stacy Kent

5年ほど前にこのブログでステイシー・ケントのアルバムを紹介したが、そこでも触れた英国在住のステイシーの親友である作家のカズオ・イシグロ氏がなんとノーベル文学賞をとったニュースだった。イシグロ氏は自らミュージシャンを目指したこともある程のジャズフリークで、親友であるステイシー・ケントのために4曲の詞を書き下ろし提供、ステイシーの夫であるジム・トムリンソンが曲をつけ、そこで紹介したアルバムに入っていたのだった。(参照: 2012年12月15日のブログ

そんな中で届いたアルバム「I Know I Dream ~ the orchestra sessions」を見てニンマリ。アルバムの包装の隅に、小さなシールが貼っていて、そこに「ノーベル文学賞作家、カズオ・イシグロ氏が作詞を手掛けた楽曲2曲収録」とあるのだが、包装の中の帯にもジャケットにも、そんな記述は一切なし。なるほど、突然のニュースで、出来上がってしまったCDにこの商機を逃すまいと大慌てでシールを作って貼ったんだろうなと、担当者の苦労が偲ばれたのだった。

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この2曲のうちの一曲が「バレット・トレイン(新幹線)」で、なんだか日本っぽいなあと思って聞くと、曲の頭に東海道新幹線の日本語アナウンスが入っていて、ちょっと苦笑い。まあ、日本人以外の人には、ただの雑音に聞こえるのだろうが・・・

このアルバムはやはり豪華である。かつてはダイアナ・パントンに感じたような印象を、ステイシー・ケントに持っていたかもしれないが、月日は経って人気もどんどん上昇し、今や大御所の雰囲気さえ漂っている。ただ類似点はあっても、ステイシー・ケントには最初から華やかさがあった気がする。こうやってどんどん大きな舞台に上っていくのが似合っているようだ。

  Link:  Stacey Kent - I Know I Dream (Making of)

ダイアナ・パントンの場合はどうだろうか。もちろん彼女の歌うオーケストラ作品も聞いてみたいが、やはり彼女の素朴さには、ドン・トンプソンのベースやピアノ、レグ・シュワガーのギターで静かにしっとり歌うのが一番似合っている気がするんだけど・・・

そんなことを思いながら、二人の新譜をとっかえひっかえ聴き入る秋の夕暮れなのでした。


<おまけ>

ステイシー・ケントとジム・トム・リンソンが、カズオ・イシグロと3人で舞台に上がり、インタビューを受けている映像がありました。

  Link:  インタビュー(ステイシー・ケント、ジム・トムリンソン、カズオ・イシグロ)


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雨の匂い

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去る6月の夕刻。ずっと閉じこもっていた建物から一歩外に踏み出ると、一面低く垂れ込めた雲が視界を覆った。初夏の雰囲気さえ漂わせていた午前中の陽射しは完全に遮断され、梅雨であることを思い出させる舞台装置に、いくぶん気分も重くなる。

雲の流れは速い。雨は降っていないが、外気に触れた腕に湿気を感じる。そのとき、ふと鼻腔をくすぐる懐かしい匂いに気づいた。雨の匂いだ。

昼間の熱気に温められた足元のアスファルトには、まだ雨の痕跡はなかったが、それは時間の問題だった。「雨の匂い」を感じれば、じきに、ポツリ...ポツ、ポツ、と降り始めるはずだ。駐車場を足早に横切り、キーロックを解除して車に乗り込む。エンジンは掛けず、しばしじっとしていると、やがてフロントガラスに最初の雨のしずくがポトンと音を立てて弾けた。

こういう時に感じる微かな香りを、昔から何となく「雨の匂い」と呼んでいるが、それは正確ではないのだろう。雨に匂いは無いように思う。感じる匂いは土臭く、多少蒸れたような匂いだが、いやな匂いという感じではない。むしろ僕は好きかもしれない。

「雨の匂い」は、単に雨が当たった地面から湧き上がる土の匂いかと、ずっと思っていたが、雨が降り始める前に感じるのは不思議だった。しかも、今のようにアスファルトで固められた場所での「雨の匂い」と、かつて田舎の土の上で感じた「雨の匂い」の記憶とが、同質に感じられるのも、単純に土の匂いだけでは説明がつきそうにない。

そんな中で知った「ペトリコール」という言葉。この言葉は“日照りが続いた後の最初の雨に伴う独特の香り”のことを表した、ある鉱物学者による造語だが、その学者の見解では、特定の植物から生じた油が地面に落ちて乾燥し、それが雨や湿気によって空気中に放出されるときに出る香りである、とのことだ。

なるほど、植物の油の匂いがベースにあるとすれば、どこで感じても同質の匂いで不思議はないし、雨が降り出す前の急激な湿度の変化に反応することも考えれられるので説明がつく・・・・・・なんてことを色々考えてしまうのって、どうなんだろうね。そんなことはどうだっていいことで、「雨の匂い」を感じれば、じきに雨が降る。それを体感できていることだけで十分なんだろうな、と少し反省したのでした。


ということで、今日の一枚。今僕が一番「雨の匂い」にふさわしいと思うアルバムを取り上げよう。ジャズピアニストでボーカリストのダイアナ・クラールが、今年の2月にリリースした「Wallflower」だ。

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Wallflower / Diana Krall

いやはや、なんとも、これこそ理屈じゃない。素晴らしいアルバム、名盤入り間違いなしだ。実はこれまでダイアナ・クラールのジャズアルバムはたくさん聴いてきたし、この場で紹介もしてきたが、アルバム全体を繰り返し聴きたくなる、という感じでもなかった。彼女独特のハスキーボイスも、それほど僕の好みではなかったし、ごつごつした手触り感を感じていた頃も、ゴージャスで豪華な雰囲気を醸し出してからも、どこか気持ちに線引きをし、背筋をただして聴いていた感じだった。彼女自身も、ドレスにハイヒールで足組みをして、作り上げたキャラクターの上で歌っているようなところがあった(ピアノを弾くので実際は足組みはしないのですが...)。

ところがこのアルバムは、最初聴いたときからどこか違う感じが漂っていた。ちょっと親密な感じとでも言ったらいいんだろうか。彼女も素の自分を出して、まっすぐに歌っているように感じる。作った感がない。ただ正確に言うと、これはジャズアルバムとは言えないのだろう。ジャズで鳴らしたトップアーティストのダイアナ・クラールが、巨匠デイヴィッド・フォスターのプロデュース・アレンジで、彼女に影響を与えた60年代、70年代のポップスを中心に歌う、夢の企画盤なのだ。

そういえば、十数年前、仕事で訪れたバンクーバーの楽器店の店主が、「ここは昔、ダイアナ・クラールがよく来ていたんだよ」と、ちょっと自慢げに語っていたことを思い出した。なるほど、デイヴィッド・フォスターと同じカナダ人だったのだ。それが功を奏したかどうかはわからないが、このアルバムはミュージシャンとアレンジャーの思いがひとつに重なっている感じを、最初から受けたのである。

巷を眺めてみても、60年代から80年代にかけての音楽が多くの人に取り上げられ、ちょっとしたブームのようにもなっている。今の洋楽では少し希薄に感じる「曲そのものが持つ永遠性」のようなものを再認識するフェーズなのかもしれないが、そういう風に取り上げられたアルバムが、全ていいかというと話は別だ。

その音楽に対する当人の思い入れが強い分、聴衆を忘れてしまいがちだし、昔と同じ感じで演奏されても、ただの懐メロになるだけだ。さらにアルバムを一枚作り上げるとなれば、バリエーションも考えるようで、僕にとっても好きな曲だけが好みのアレンジや演奏で納まっているなんて事は、まずない。

ところが、である。このアルバムに収められた音楽は、どれも、はずかしくなるほどに、僕自身の琴線に触れてきた音楽ばかりなのだ。それをまた、はずかしくなるほど泣かせるアレンジ(まさにディビッド・フォスター流)でぐいぐいくる。彼女も久々に歌うことに徹した入れ込み様である。

アルバムは、パパス&ママスの名曲 ”California Dreamin’ ”でゆったりと始まる。彼女のピアノにオーケストラがかぶり、うん、やっぱりデイヴィッド・フォスターやね、と気持ちよく浸っていると、唐突にリズムボックスがテンポを刻み始め、ちょっとした肩透かし感があるが、反面ビンテージ気分は高まる。

  Link: California Dreamin' / Diana Krall (Clip)

そうか、あまり甘いアルバムは期待するな、ということかな、と思ったが、いやいや、そんなことは全くなかった。2曲目のイーグルス、”Desperado”。 3曲目のレオン・ラッセル、”Superstar”と、これらの泣きそうになるくらいに大好きな曲を、なんともオーソドックスに歌い、演奏し、泣かせてくれるのだ。もう、この段階で大満足状態に陥ってしまった。

  Link: Desperado / Diana Krall (Live)
  Link: Superstar / Diana Krall

4曲目は、ギルバート・オサリバンの”Alone Again (Naturally)”。ここでのマイケル・ブーブレとのデュエットは、意外にもこの二人の声の親和性を感じさせてくれる。ダイアナの少しごつごつした感じが、マイケルの発する男の色気に微妙に絡んで、とても心地いい。マイケル・ブーブレって、やっぱりすごいね。

  Link: Alone Again Naturally / Diana Krall & Michael Buble

その後もタイトル曲でもあるボブ・ディランの”Wallflower”、エルトン・ジョンの”Sorry seems to be the hardest word”、10CCの”I’m not in love”、ブライアン・アダムスとのデュエットを披露するボニー・レイットの"Feels like home"などなど、まあ、これでもかと大好きな名曲を並べ立て、じっくり歌い込んでくれるのだ。

  Link: Sorry seems to be the hardest word / Diana Krall
  Link: I'm Not In Love / Diana Krall (Clip)

中に一曲、ポール・マッカートニーから贈られた新作 ”If I take you home tonight” が入っているが、周囲があまりに名曲過ぎて、これが完全に霞んでしまっている。恐らくは3年前にポールがリリースしたジャズアルバムで、ダイアナ・クラールのグループがバックを務めたことに対する返礼なのだろうけど、あるいは余計だったかもしれない。

通常盤で最後の曲は唯一の80年代の曲、クラウディッド・ハウスの"Don't dream it's over"。この曲を最後に持ってくるというのは、それだけ思いが強いのだろう。聴いていると、彼女の思いが移り込み、こちらまで満たされるような気分になる。

  Link: Don't Dream It's Over / Diana Krall (Clip)


聴き始めた瞬間、「これはいいなあ。」と感じたそのままを保って最後まで到達するアルバムなんて、そうそうお目にかかれない。しかもそれは恐らく、僕だけの感覚ではないだろう。僕と同世代に属するダイアナ・クラールが、自ら選曲した思いそのままに、共感を持って聴き入っている人はたくさんいそうだ。

「雨の匂い」を感じる、しっとりとした音楽。素晴らしい名曲たちが心の襞にそっと触れていく時間を、またじっくりと楽しみたい。過ごしやすい梅雨の休日、そんな幸せな気分にさせてくれるアルバムである。


<おまけ>

 さかのぼること、6年も前に、先に紹介のエルトン・ジョン「悲しみのバラード(Sorry seems to be the hardest word)」を、ご本人とライブ競演した映像がありました。興味深いですが、今回の新作の方が、うんとストレートで、チカラ抜けてますね。

  Link: Sorry seems to be the hardest word/ Diana Krall & Elton John


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秋でもないのに...

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秋でもないのに、“When October Goes” が無性に聴きたくなった。昨年もそうだったように、この時期、晩秋に通じるような感覚に陥ることがよくある。その背景を普段意識することはあまり無いのに、無意識に求める音楽から、ふと自分自身の心持ちに気づかされるのだ。期末という点では、様々な思いが重なる時期ではあるんだけど、やはり季節は春。4月になればそんな気分もどこかにかくれてしまうんだろうな。

僕がこの曲を知ったきっかけは、日本の老舗ジャズレーベル、澤野工房から2002年に発売されたジャズピアニスト・山中千尋のセカンドアルバム、「When October goes」だった。思えば、その少し前から、僕の良く行くCDショップでも澤野工房のコーナーができていて、リリース作品を紹介するパンフレットが陳列されたりもしていた。

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WHEN OCTOBER GOES / チヒロ・ヤマナカ・トリオ

当時はパンフレットを持ち帰ってはみるものの、国内盤なので輸入CDの倍ほどの価格であり、欧米を中心とした名前も知らないアーティストの作品を購入するには、少しハードルが高かった。そんな中で見かけたチヒロ・ヤマナカ・トリオのファーストアルバム、「Living Without Friday」は、日本人名ということもあり、その鮮やかなジャケットと合わせて結構目立っていたが、気にはなるものの、やはり購入するには至らなかった。

ちょうどその頃、偶然にもテレビから聞こえてきた「山中千尋」の名前に吸い寄せられるようにして観たTBSの番組「情熱大陸」で、当時ほとんど知られていなかった彼女の姿を初めて目にしたのだ。調べてみると放映日は2003年3月30日だったようだが、そこに映し出された山中千尋は、確かな才能を感じさせながらも、その華奢な体で、何かに突き動かされながらぎりぎりの状態で演奏しているように見えた。確か彼女自身が抱えた病気の話もあったと思う。初の日本でのツアーに点滴を打ちながら気丈に臨む彼女の姿はとても痛々しかったが、その衝動は何の外的要因からでもなく、彼女自身の内側から溢れ出る音楽に対する思いと、それに忠実に従おうとする意志の表れなのだろう、と感じたのだった。

その映像を目にした直後に、CDショップの澤野工房のコーナーで迷わず購入したのが、数ヶ月前に発売されたばかりの彼女のセカンドアルバム「When October Goes」だった。そのアルバムは、映像から感じた危うさなどどこにもない、安定感すら漂う素晴らしい技術と様々な音楽的アイデアに満ち溢れた作品だった。

トリオのメンバーもすごかった。当時既にニューヨーク屈指のリズムセクションとの触れ込みだったが、ベースのラリー・グラナディアとドラムスのジェフ・バラードといえば、まさに現時点のトリオの最高峰、ブラッド・メルドー・トリオのレギュラーメンバーであり、メジャーレーベルではなく、通天閣を臨む大阪・新世界の商店街にひっそりと存在する澤野工房レーベルでのレコーディングは、まさにアーティストとしての山中千尋の才能に引き寄せられてのことだったのだろう。


さて、話を元に戻そう。僕は当時、このアルバムの8曲目にあるタイトル曲に強く引き込まれた。前奏も無くいきなりさらっと始まるこの曲から、山中千尋の音楽の醸し出すさり気無い情感に捉えられたのだ。

  Link:  When October Goes / Chihiro Yamanaka Trio

作曲はバリー・マニロウとなっていたが、聴き覚えはなかった。あるいは聴いたことはあったのかも知れないが、まだ若くて新しい音楽を常に求めていた僕自身のフィルターには引っかかってこなかったのだろう。バリー・マニロウの原曲を聴いたのは随分後になってのことだ。そこで聴いたこの曲は、予想通り美しく切ない曲だった。1984年のバリー・マニロウのアルバム、「2:00 AM Paradise Cafe」に収録されている。

  Link:  When October Goes / Barry Manilow

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2:00 Am Paradise Café / Barry Manilow

この曲の歌詞は、「酒とバラの日々」や「ムーン・リバー」などで4度オスカーを獲得した、アメリカを代表する作詞家、ジョニー・マーサーの作だ。彼は1976年に亡くなっているので、1984年リリースの本作とは時間的に合わないのだが、実はこの詩は、彼の妻が遺品を整理していてデスクの片隅で偶然にも見つけた未完の遺作だったらしい。彼女はその内容に強く心を動かされ、ジョニー・マーサーとも懇意にしていたバリー・マニロウに曲をつけてもらおうと閃いたそうだ。バリーもその詩の奥に流れるものに心を動かされ、すぐに曲として完成させたという。その歌詞は、粉雪が舞い始める晩秋の情景を詠みつつ、人生の上でも晩秋を迎えた情感と重ねていくものだ。ジョニー・マーサーが晩年を迎え、胸に去来するものを静かにしたためた、そういう作品だったのだと思う。

僕も、こういう音楽が、身に沁みる年になってしまったのかな。そんなことを、感慨を持って思い返したわけだけど、まだそこまでは来ていないだろう。せめて初秋くらいでありたいんだけどね。

秋でもないのに、そんなことを思いながら、“When October Goes (10月が過ぎ行く時に)”に聴き入る春の夕暮れなのでした。


<追記>

その後の山中千尋の大活躍は、今更言うまでもありません。2005年には、ユニバーサル・ミュージック/Emarcyレーベルに移籍し欧州デビュー、2011年には日本人として初めて、アメリカの名門・DECCAレコードと契約し、全米デビューを果たしています。日本では今や、上原ひろみと共に、実力・人気共に申し分ないインターナショナル・アーティストになりましたね。(ちなみに僕は、どちらかと言えば、「ちひろ派」でしょうか。。。)


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ラストダンス

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キース・ジャレットとチャーリー・ヘイデンの新作デュオアルバム「Last Dance」を店頭で目にしたのは、確か6月の終わり頃だった。日本語に訳せば、単に「最後のダンス」なのだが、このアルバムタイトルに少し引っかかるものを感じて、ジャケットに記された曲名を確認した。

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Last Dance / Keith Jarrett & Charlie Haden

全9曲の中にタイトルと同名の曲があるわけではない。しかし最後の3曲を見て、はっとした。7曲目が”Where can I go without you (君なしでどこへ行けと言うの)”、8曲目が”Every time we say goodbye(いつもお別れを言うたびに)"、そして最後の曲が、ずばり、”Goodbye”だったのだ。二人の前作、「Jasmine」は大好きなアルバムだったし、それと同様のラブソング集だったので、すぐに購入を決めたのだが、それにしても、あまりに意図的な選曲に、もしかして...と思いつつも、二人ともここ数年、精力的に新譜をリリースしていたので、そんなはずない...と、すぐに打ち消した。

  Link:  Keith Jarrett & Charlie Haden - "Last Dance" Album Sampler


ベーシスト、チャーリー・ヘイデンのサウンドは、学生時代、友人に録音させてもらい何度も聴いた、キース・ジャレットのアルバム「生と死の幻想」で、知らぬ間に僕の中での「ウッドベースの音」になっていた。その音がチャーリー本人と結びついたのは、社会人になった頃LPレコードで入手した、キースの初期のトリオアルバム「流星」の裏ジャケットにあった、若き日の黒縁眼鏡をかけたスナップ写真を見たときからである。二人は、キースのデビュー当時から、約10年に渡って共に活動していたのだ。

図1


「Last Dance」の入手後、その演奏は新たなセッションではなく、前作「Jasmine」と同じときのものだと知った。2007年にキースがヘイデン夫妻を自宅に招いて、実に30年ぶりに、自宅スタジオで数日間演奏・録音した楽曲の中から、2枚目のアルバム用にセレクトしたものだったのだ。「Jasmine」ではライナーノーツをキース自身が書いていたが、その内容からは、このときの録音が、決して決められたアルバムのためのものではなく、パーソナルなものだったことがわかる。親密な雰囲気の中で繰り広げられるゆったりとしたラブソングの演奏は、キースが慢性疲労症候群から立ち直った直後の名作「The Melody At Night, With You」の音楽と重なる。結果的には2010年に「Jasmine」として日の目を見たわけだが、「Last Dance」はその続編だったのだ。

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Jasmine / Keith Jarrett & Charlie Haden

  Link:  「Jasmine」インタビュー

  Link:  For All We Know / Keith Jarrett & Charlie Haden
  Link:  Where Can I Go Without You / Keith Jarrett & Charlie Haden
  Link:  Goodbye / Keith Jarrett & Charlie Haden

そして数週間後、朝刊に掲載されたチャーリー・ヘイデンの訃報と唐突に対面することになる。社会面にぽつんと置かれたその記事を目にした瞬間、「杞憂ではなかったんだ」という思いとともに、大好きだった彼の深みのあるベースサウンドが耳の奥で鳴り始め、次第に心臓の鼓動と重なっていった。

その後、報道で、彼が長年ポストポリオ症候群で苦しんでいたことを知った。最近までその名前が表に出ていたので錯覚していたが、実はリアルタイムの演奏としては、2010年に録音されたものが最後だったようである。

もちろんアルバム「Last Dance」は、チャーリー・ヘイデンの生前に準備されリリースされたものである。そう考えれば、その中にある「Goodbye」はチャーリーの言葉であり、「Last Dance」は、チャーリーの思いの入ったタイトルだと考えるのが自然だろう。当初はキースの優しさが現れたものかとも思ったが、よくよく考えれば、まだ亡くなる前にそうしたことができるのは、本人以外には考えられない。


4ビートジャズ、フリー・ジャズ、フュージョン、カントリーなど、様々なジャンルで活躍した彼だが、その音色はいつも変わらない。低域のしっかりとしたあたたかな音で、常にピタリと音楽に寄り添っている。時に歌心溢れる旋律を奏でたり、アグレッシブな側面を見せたりすることもあるが、脇に回れば決して出しゃばらず、しっかりと支える。様々な編成で演奏してきた彼だが、そんな性質がデュオの演奏に向いていたのだろう。彼は本当に多くのデュオ作品を残してきた。デュオ相手の演奏楽器も様々で、ピアノ以外でも、ギタリスト、パット・メセニーとのデュオ盤、「ミズーリの空高く」のような素晴らしいアルバムももちろんあるが、やはりピアノとのデュオが最も多かったのではないだろうか。その中の印象的なアルバムをいくつか挙げてみたい。

まずはケニー・バロンとの1996年のアルバム「Night and The City」だ。これはニューヨークのジャズクラブ・イリジウムでのライブ盤で、その中でのチャーリーは、軽快で活発。ソロもウォーキング・ベースも躍動的で、都会の一角で楽しんで演奏している姿がうかがえる。

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Night and the City / Charlie Haden & Kenny Barron

  Link:  Twilight Song / Charlie Haden & Kenny Barron

ピアノの詩人とも呼ばれるイギリスのジョン・テイラーとの2003年のアルバム「Nightfall」は、ピリッとした空気の中で、静けさすら感じられるような演奏だ。そこで発せられる一音一音には細やかな神経が行き届いている。

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Nightfall / Charlie Haden & John Taylor

  Link:  Bittersweet / Charlie Haden & John Taylor

ハンク・ジョーンズとの1994年のアルバム「Steal Away」は、アメリカン・ルーツ・ミュージックにこだわったアルバムであり、これがチャーリー・ヘイデンの音楽の原点なのだろう。賛美歌や黒人霊歌、伝統音楽を訥々と演奏する二人の魂の交流には、彼の精神を支えてきた音楽世界を感じることができる。

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Steal Away / Charlie Haden & Hank Jones

  Link:  Sometimes I Feel Like a Motherless Child / Charlie Haden and Hank Jones


「Last Dance」に戻ろう。このタイトルに引っかかったのには理由がある。フォーマルなダンスパーティーでは、パートナーと最初の曲を踊ったあと、自由に相手を変えることができる。しかしラストダンスでは、また本命のパートナーに戻るのだ。「ラストダンスは私に(Save the last dance for me)」という有名な曲があるが、最後の曲は本命にとっておく。そんな思いがこのタイトルには表れているような気がする。

では最初のデュオは?そういう疑問が浮かんできた。実はその答えに、最近チャーリー・ヘイデンの追悼再発盤が色々出ている中で出会った。1976年にリリースされた「Closeness」である。このアルバムは個人名義での初アルバムで、4人のミュージシャンとそれぞれデュエットで自作曲4曲を演奏したものだ。その中にキースとのデュエット曲”Ellen David”も入っている。"Ellen David"とは、当時のチャーリーの奥さんの名前であり、彼女のためにチャーリー自身が作曲したとても美しい曲だ。その名曲を当時のややアグレッシブなスタイルで演奏しているのだが、この演奏こそが彼にとってのデュオの原点だったのではないだろうか。最初の相手と30年の時を経てのラストダンス。それは形として表したチャーリー・ヘイデンの思いだったに違いない。

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Closeness / Charlie Haden

  Link:  Ellen David / Charlie Haden & Keith Jarrett

ちなみに、この時キースと演奏した"Ellen David"は、紛れもなく、ジョン・テイラーとのアルバムのタイトルにもなっている"Nightfall"と同一の曲だったことに驚いた。30年前のキースとの演奏の後、チャーリー・ヘイデンはエレンと離婚し、その後彼の音楽を支え続けてきた、自身シンガーのルース・キャメロンと再婚。そこから既に30年近く経っている。そういう中で先妻の名前のついた曲を改名したのだろうが、ここはやはり本命が変わったということなのだろう。ラストダンスの相手が変わってしまう場合だって時にはあるのだ。


長年の闘病生活の末、チャーリー・ヘイデンは7月11日、ロスアンゼルスで家族に見守られながら亡くなったと聞く。享年76。キース・ジャレットのコメントはまだ見ていないが、そのことを亡くなるまで微塵も見せなかったチャーリーの精神力と奥様の献身に、ただただ敬意を表したい。




<追記1>

最後まで見守られた奥様のルース・キャメロンは、チャーリーと共同プロデュースをしながら、ずっと彼の音楽を支えてきました。最後の録音盤である2010年の「Sophisticated Ladies」では、チャーリー率いるカルテット・ウェストの演奏に乗せて、彼女自身歌っています。そのほかにフィーチャーしたシンガーは、メロディ・ガルドー、ノラ・ジョーンズ、カサンドラ・ウィルソン、ダイアナ・クラールと、それはそれは豪華でした。最後のアルバムがこんなに豪華というのは、ちょっとチャーリーには合っていないように思えますが、それもルース・キャメロンの手腕とチャーリー・ヘイデンの人柄ゆえだったのでしょうね。

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Sophisticated Ladies / Charlie Quartet West Haden

  Link:  Sophisticated Ladies (HD TV Spot Austria)

ところで、チャーリーは彼女の名前を冠した”Waltz For Ruth"という美しい曲をケニー・バロンやパットメセニーとのデュオ盤で披露していましたが、どうも懲りてなかったようで...まあ、もう2度と改名する事態には陥らないと心に決めていたのかもしれません。きっと彼は、ロマンティストだったのでしょう。

  Link:  Waltz For Ruth / Charlie Haden & Kenny Barron


<追記2>

"Ellen David" 改め"Nightfall"ですが、こんな素晴らしい演奏がありました。ドラムレス・トリオですが、チャーリーのベースに、ブラッド・メルドーのピアノ、サックスが今は亡きマイケル・ブレッカーです。

  Link:  Nightfall / Charlie Haden, Michael Brecker, Brad Mehldau


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