Jerrio's Cafe

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人生は夢だらけ

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前回に引き続き、またもやCMから。こういう話題が続くと、ひょっとしてテレビばかり見ているの? なんて思われそうだが、日頃は毎週録画している何本かの番組をスキップしながら見る程度で、リアルタイムで見ることはあまりない。さらにはNHKのものが多いのでCMに遭遇する機会も少ないはずだが、そういう中でも時々気になるCMが現れたりするのだからおもしろい。

そのCMの場合、まずは音楽だった。ほんのわずかな時間流れるミュージカル仕立ての音楽は劇的だ。僕は、一瞬にして人を惹きつける魔法のような音楽に心を奪われていた。画面を見ると、あの「とと姉ちゃん」が宙吊りで歌っている。ピーターパンはとっくに卒業したはずなのに「餅は餅屋」だな。そんなことを思いながら見ていたのだが、ひとつだけ注文をつけるなら、最後のところはそんな優等生的な歌い方じゃなくて、椎名林檎風に少しだけエキセントリックに盛り上げても面白かったのに、なんて思ってしまった。恐らくその音楽から椎名林檎のイメージが浮かび上がってきたからだろう。

Link:  人生は夢だらけ 「つぎは、何くる?」篇 30秒
Link:  人生は夢だらけ 「それは人生、わたしの人生」篇 90秒

それは、「人生は夢だらけ」という、なかなか奥行きのあるタイトルの「かんぽ生命」のCMだったのだが、それから何度か遭遇するうちに、一体誰の曲だろうと思い始める。そうは思っても、そのうち忘れてしまうのは昔の話。今やネット時代で、ちょちょっとググれば、たちまちわかってしまうのだ。

はたしてその音楽は、椎名林檎の書き下ろしだった。このCMの製作発表時の高畑充希のインタビュー映像では、椎名林檎から送られてきたデモテープを聞いて、その素晴らしさに「何も私が歌わなくても・・・」と思ったと、控えめに語っていた。

いつしか、こういうミュージカル仕立ての音楽に「椎名林檎」を感じても違和感が無いくらい、多彩さが表面化していることに今さらながら驚く。様々なメディアに登場しても、今や貫禄さえ漂っていて、時の流れを感じて感慨深い。


思えば、椎名林檎はデビュー当時から少し特別だった。デビューアルバムの『無罪モラトリアム』が発売されたのは1999年。確か宇多田ヒカルのデビューと重なり、その圧倒的な話題性と爆発的ヒットには及ばなかったが、いわゆるバンドサウンドにこだわっている点では方向性が違っていたし、まったく別種のセンセーショナルな感じを漂わせながら、演出した「あばずれ感」を客観的に見ているような冷めた雰囲気もあって、それがアルバムにも表れていた。僕自身は、その中の一曲、「丸の内サディスティック」のカッコよさに無条件にやられてしまっていて、そのアルバムの表面にうっすら透けて見える熱いものと、その裏側に見え隠れする多面的な才能をしっかりと感じていた。

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無罪モラトリアム / 椎名林檎

  Link:  丸の内サディスティック / 椎名林檎

デビュー10周年の2009年にリリースされた通算4枚目のオリジナルアルバム『三文ゴシップ』にも、「丸の内サディスティック」の英語版が、EXPOバージョンとして再録されている。びっくりしたのは、ジャケットの裏面には13曲の曲名しか書かれておらず、14曲目に入っている「丸の内~」は記載されていなかったことだ。初めて聴いた時、最後の曲が終わった、と思った瞬間、突然ハープの音が流れ始め、いきなりア・カペラ伴奏の「丸の内~」が始まって思わず身震いしたものだ。今につながるマルチな方向性が定着した中でも、この曲はこだわりのある曲なんだと、少しうれしくなった。

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三文ゴシップ / 椎名林檎

  Link:  丸ノ内サディスティック live english ver. / 椎名林檎
    (EXPOバージョンはありませんでしたので、ライブの英語バージョンで)

この曲も、聞きようによれば、「人生は夢だらけ」に通じる絶頂感がある。その部分につながるカッコよさこそ、椎名林檎的だと感じてしまうんだけど……そういえばもっと直接的に連想させる曲があったことを思い出した。その曲は、東京事変名義で出した「女の子は誰でも」で、東京事変のアルバム『大発見』に収録されている。

しかもこのミュージカル仕立ての曲は、資生堂のコマーシャルで使われていたのだった。この辺りが、繋がった理由だったのだろう。

  Link:  女の子は誰でも / 東京事変

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大発見 / 東京事変


さて、椎名林檎と言えば、僕自身は頭の中に、彼女の「顔」のイメージが定着しなくて、なんだか不思議な人だという印象をずっと持っていた。プロモーションなどを見るたびに違った印象を受けて、どれが本当の椎名林檎なのかわからない。時々そういう印象の人に実際に出くわすこともあるのだが、この人の場合、それが音楽とも結びついて、より一層神秘的な感じを持っていた。

そんなよくわからない印象が一気に晴れてしっかり定着したのは、NHK・Eテレの「Switchインタビュー 達人達」での椎名林檎と作家・西加奈子の対談を見てからだった。これは、番組のテーマ曲を歌っている椎名林檎が「一生に一度はお目にかかりたい人」ということで希望し、まだ直木賞をとる前の西加奈子との対談を実現したものだが、西加奈子もまた、椎名林檎のライブにも行ったことがある、同世代のファンだったのだ。

実は録画していた当日、半分くらい放送したところで地震が発生したため、途中から緊急放送が入り、後半部分が録画されていなくて悔しい思いをした。ところがその放送からしばらくして、対談でも紹介されていた小説「サラバ」で、西加奈子が直木賞を受賞し、受賞記念のアンコール放送として、ようやく待ち焦がれていた全編を見ることができたのだ。この対談はとにかく面白かった。この二人にかぶせられていた覆いが、ぼろぼろと剥がれていくような、爽快な対談だった。

その中で二人は、かなり正直に様々な創作の秘密や、その心情に踏み込んでいる。もちろんカメラが回っている範囲のことなので限界はあるのだろうけど、僕自身は、椎名林檎やその音楽にこれまで感じていた疑問を次々に解き明かしてくれるような受け答えに、正直感激していた。たとえば、日本語に曲を付けるとカクカクした音楽になってポップスっぽくないので、すべて英語の仮詞を付けて作曲し、後でその曲に日本語を当てはめていくという話もあって、なるほどね、と思った。

恐らくデビュー周辺のことなど、一般に語られていることとはかなり違った話もあり、もう時効なのかな、なんてことも思ったし、好きな音楽ジャンルと今の音楽の違いや、それを仕事としてとらえている現状など、とても現実的な話も出てきた。一方で、椎名林檎が創作に行き詰った自分と重ね、号泣しながら読んだという西加奈子の短編「空を待つ」の話では、その真摯な姿勢も垣間見えたりして、興味深かった。この短編は、短編集『炎上する君』に収録されている。

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炎上する君 (角川文庫) / 西 加奈子

とことん裏方気質で仕事に対する完璧主義を求める少し冷めた印象の椎名林檎に対して、深い洞察の中にも常に希望をもって夢を追っている西加奈子はちょっと心配になったのだろう。対談の最後に椎名林檎に向かって、「夢は何ですか?」と尋ねる。その問いに椎名林檎は、「大人の遊び場を作ること。」と熱く答え、西加奈子は「夢があってよかった」、と笑顔で漏らす。その笑顔に、視聴者は共に安堵感を得ただろう。そして、二人の夢の実現を見てみたいと思ったのではないだろうか。


最初に戻れば、「人生は夢だらけ」というのは、なかなかいいコピーだと思う。夢の大小を問わず、夢を意識してがんばっている人は輝いている。何よりも、その思いや姿は、周りを元気にしてくれる。自分もがんばらなきゃ、そう思わせてくれる。

「夢は何ですか?」なんて、この年になればほとんど聞かれることもなくなった。でも、夢の大きさは現実的になってきたとはいえ、適切なスパンでの夢は常にあるものだ。ともすれば、「夢」という言葉とは結びつけられないささやかなことでも、ひとたび「夢」のタグをつければ、行動が変わってくることもあるだろう。そういう気持ちを忘れないように、小さな夢探しでもしてみようかな、そんなことも思っている。



<おまけ1>

対談の映像がありましたので、ご紹介まで。Youtubeではありません。

  Link:  Switchインタビュー 達人達 「椎名林檎×西加奈子」


<おまけ2>

今やCMでも引っ張りだこの高畑充希ですが、初CMがすごかった。CHOYAのウメッシュのCMでしたが、これも紹介しておきます。これ、いいです。CM女王の道、まっしぐらですね。しかも誰でもできるわけじゃないところもすごい。

  Link:  高畑充希が歌う CHOYA ウメッシュ CM


<追記>

対談の中でも紹介された、西加奈子の直木賞受賞作品 「サラバ」も、ぜひ。

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サラバ! 上 / 西 加奈子

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サラバ! 下 / 西 加奈子



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The Other Side of Love

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先日、今年の「耳鳴りミュージック・第1号」が個人的に発生してしまった。特定の曲やメロディーが耳について離れず、頭の中をぐるぐる回るようになり、ついには熱に浮かされるように無意識のうちに口ずさんだり、鼻歌で歌ったりしてしまって、「また同じ曲?」とまわりから白い目で見られる、というあれだ。ここに来てようやく抜けてきたが、今日はその話でいくことにしよう。


半月ほど前、今や大女優の風格すら漂う中谷美紀を、休日の朝、テレビの情報番組で目にすることがあった。恐らく最近では当たり前になっている、新しく始まるドラマの番宣を兼ねたゲスト出演なのだろう。そういう場所であまり見かける人ではないので、僕もちょっと興味深く見ていると、うちの奥さんが微妙な質問をしてきた。

「この人、いくつくらい?」
そんなこと僕に聞かれても...と思いながらも、知ってる情報から頭の中で少し計算して「う~ん、40歳くらいかな。」と答えると、「ふ~ん。。。」との返事。この「ふ~ん。。。」の丸三つのあたりには、女性特有の含みがありそうだが、そこは追求せず目線を画面に戻していると、矢継ぎ早に次の質問が。

「この人、何?」
これはまたシュールな質問である。「何?」って、まさか「人間」とか「妖怪」とかいう答えを期待しているのでもなさそうだし...返答に窮しているのを察した彼女は、「この人、女優?」と言い換えた。

そりゃあ、女優さんでしょう。しかも大女優まっしぐらの。「軍師官兵衛」での官兵衛の妻役もさすがだったし、「白洲次郎」での白洲正子役もよかったよね。最近は舞台も色々やってるみたいだし、そういえば何故かDVDを持ってる主演映画の「嫌われ松子の一生」だって...なんでそんな当たり前なこと聞くの?

要するに彼女は、かなり昔から見ている人だけど、もともと女優さんだったんだっけ、と聞きたかったようだ。

まあ、昔から女優だったと思うけど......と、ここでピキピキと記憶の殻が破れて思い出してきた。すっかり忘れていたけど、そういえば、初期の一時期、中谷美紀は本格的に歌っていた。しかも、全面的にあの坂本龍一がバックアップ、プロデュースをしていて、いい感じで結構好きだったな。

「歌う女優って、柴咲コウみたいな?」
う~ん、ちょっと違う気もするけど。あの曲、覚えてないかな。きっと知ってると思うけど、と、日頃使い慣れていないテレビに搭載されているインターネット接続機能を使って、YouTubeで検索。そうそうこれこれ、と中谷美紀の歌う「砂の果実」のPVを大画面に映し出した。

  Link:  砂の果実 (Live)/ 中谷美紀 with 坂本龍一
      (この映像は、坂本龍一とのライブです。残念ながら、PVの映像は消されていました。)

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砂の果実 / 中谷美紀 with 坂本龍一


二十歳の中谷美紀は、さすがに初々しく、とても印象的なPVだ。曲も大好きだが、その言葉の醸し出す雰囲気もまたいい。あんな風に、「あの頃の僕らが嘲笑って軽蔑した 空っぽの大人に気づけばなっていたよ」、なんて歌われると、思わず反省してしまいそうだ。

この曲は、坂本龍一のプロデュースによる3枚目のシングルで、彼女の曲としては最も売れたのではないかと思う。クレジットは「中谷美紀 with 坂本龍一」とあって、異例の扱いだった。しかしそれに反して、曲のリリース自体は肩すかし的だった。

この曲の原曲は、僕自身はほとんど観てなかったのだが、「ストーカー 逃げきれぬ愛」というテレビドラマの主題歌として登場した「The Other Side of Love」だ。英語歌詞の曲であり、その曲はドラマがスタートしてすぐ、先行して発売されていた。クレジットは「坂本龍一 featuring Sister M」。曲やアレンジは教授だとしても、歌詞は誰が書いたのか、Sister Mとは一体誰なのか全く明かされず、楽曲の良さ、ドラマとのマッチングに神秘性も加わって、70万枚を超える大ヒットとなった。

  Link:  The Other Side of Love / 坂本龍一 featuring Sister M

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The Other Side of Love / 坂本龍一 featuring Sister M

当時僕は、そもそもあまり関わりがあるとは思えないテレビドラマの曲を、唐突に坂本龍一が担当したことに驚いたが、そのドラマが終わる頃、前述の中谷美紀の日本語歌詞による「砂の果実」が後付けのように発売されたことにも、さらに驚いたものだ。あるいは、明かされていない「Sister M」は中谷美紀のことで、単にその日本語バージョンが出たのか、とも思ったのだが、そもそも女優に軸足がある彼女を、自ら出演していないドラマの主題歌に起用するものなのか、という疑問も持った。よく聴けば、似てはいるものの声質も違うし、考えれば考えるほど不思議な状況だった。

そのとき僕が思ったことは、ひょっとしたらこのドラマは、最初は中谷美紀が主演の予定だったのではないか、ということだった。そうだとすれば、主題歌を歌うだろう中谷のために、坂本龍一が書き下ろすのは自然である。ところが、何らかの事情で主演が交代、主題歌だけが残ったが、それだけを彼女に歌わせることは忍びなく、急遽英語歌詞に変更して歌い手を差し替えた・・・・・・そうだとすれば全て辻褄が合うんだけど。違うかな。ちなみにこのドラマは、その鬼気迫るストーカーの演技で俳優の渡部篤郎が注目され始めた作品で、その後すぐに中谷美紀との共演が準備されたこととも、ひょっとしたら関係しているのかも知れない。

しばらくして、坂本龍一の後日談として、「The Other Side of love」は中谷のために書き下ろした曲だったが、当時素人っぽい謎めいたアーティストを探していたとき、たまたま16歳になる自分の娘に歌わせてみたらイメージとピッタリ合ったのでそのまま採用した、ということを漏れ聞いた。即ちこの曲は、期せずして坂本美雨のデビュー曲となったのである。

その話を耳にした時、僕は思わず坂本龍一が探していた声について思いを巡らせたことを記憶している。当時は世界で活躍していた坂本龍一が、YMOの再結成を機に、軸足を少し日本寄りに移していた時期とも重なっている。フォーライフレコードと契約して新レーベルを立上げ、自身、アルバムも精力的に発表していた。さらに大貫妙子や今井美樹のプロデュースにも精を出していたが、なかなかヒットに結びつかない。そもそも、自分自身に忠実な芸術家であり、スタジオワークでは、どちらかと言えば職人的な坂本龍一に、大衆に媚びたヒット作を生むことができるのかは疑問だった。

ちまたでは小室哲哉や小林武史が、原石から育て上げるプロデュースや自ら率いるグループで大成功していて、特にまだ売れていない頃から交流があり、よく自身の音楽にも起用していた小林武史への対抗心は大きかったのではないか。そう思えば、坂本が探していた声の雛形は、ひょっとしたら小林武史によるMy Little LoverのAkkoの声のように、もう少しポップでイノセントな声だったのかな、とも思ったが、やはり教授の音楽に、そこまでの「俗」を持ち込むのは難しかった、ということなのだろう。


いずれにしても、飽きっぽい教授としては珍しく、中谷美紀の約5年間続いた音楽活動には、最初から最後まで深く関わった。時に二人で登場し、共演することもあったりして、それなりに楽しませてもらった。そして、日本のPOPS界に対する教授自身の熱が、急速に冷めていくのに同期して、中谷の音楽活動も下火になり、自然消滅したように思える。それ以降、彼女は歌っていない。

この曲を今、改めて聴きなおしても古さを感じない。坂本龍一の音楽が持つ独特の気品と情感がしっかりと詰まっている。それでいてシンプル。中毒性もある。

  Link:  The Other Side of Love(Live) / Ryuichi Sakamoto

そんなことを思いながら、ずっと聴きなおしているうちに、耳鳴りミュージック・第1号が発生してしまった、というわけだ。

ここまで聴いて、いかがでしたか?
ぜひ、ご注意を。



<おまけ1>

まだまだ耳鳴りなんて程遠いという方には、とっておきの、この曲の最近のカバーもつけておきます。ガールズユニットのSweet Liciousと、m-floによるカバーです。ぜひどうぞ。

  Link:  The Other Side of Love / Sweet Licious
  Link:  The Other Side of Love / m-flo loves Emyli

耳鳴り、してきました?


<おまけ2>

シングルCDじゃなくて、アルバムで聴きたいという場合は、このアルバムに入っていますので、ぜひ。上は「砂の果実」。下は、「The Other Side of Love」が入ったCDです。

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cure / 中谷美紀

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the very best of gut years 1994-1997 / 坂本龍一


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ウグイスの贈りもの

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ウグイスが鳴いている。もう随分鳴き方もうまくなって、安定した美声を響かせている。春も真っ盛り、ヒノキの花粉も真っ盛り、ついでにPM2.5も真っ盛りだ。近くにウグイスの巣でもあるのか、毎年この時期は、目を閉じ耳を澄ませば、「ホー、ホケキョ」、「ヒュー・・・ケキョケキョケキョ・・・」と、まるで森の中にいるような気分になる。

冬の寒さの中に春の気配が混じり始める2月末から3月の初旬、春の飛来物に目頭が熱く(?)なり始め、目薬の手当てに万全を期する頃には、別名「春告鳥」の名の通り、恒例の第一声を聞くことができる。「ウグイスの初鳴日」は桜前線と同様に、気象庁が全国で観測を行っているようだが、この第一声の頃のウグイスは、こけまくり、すべりまくって、とてもかわいいのだ。

最初の「ホー」の部分は、スムースなフェイドインで始まるので、お、きたきた、と期待感いっぱいで待ち構えるのだが、あとがいけない。「ホケ?」で止まったり、「ケキョッ」と短すぎたり、「ケッ・・・」であきらめたり。まあ、うまくいくことの方が珍しいくらいだ。きっとウグイスの方も、ありゃ、なんでなん?と、首を傾げつつ努力しているのだろう。冬の間使わず休めていた声帯はリハビリが必要なようで、しばらくはその「こけ方・すべり方」で十分に楽しめるのだ。

そして、ようやくこの時期になると、リハビリも完了し立派なウグイスになって、こなれた美声で春を謳歌するようになる。そうそう、そういえば「ホー、ホケ・クシュン」と、くしゃみをするウグイスもいてもよさそうなものだけど、聞いたことがないので、ウグイスの世界に花粉症は無い、ということで...めでたしめでたし。


さて、今日の一枚。無理やりだけど、「春」=「始まりの時期」に合わせて、唐突に竹内まりやの「ビギニング」で行こう。このアルバムのリリースは1978年11月。彼女のデビュー盤にあたる。

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BEGINNING / 竹内まりや

僕がこのアルバムの内容を知ったのはデビューから数年経った頃。大学に入ってようやく慣れ始めた頃のことだ。当時竹内まりやは、次々に出すシングル盤がテレビCMとのタイアップもあって大当たりし、3枚目のアルバムが大ヒットしていた。ただ印象としては、提供された楽曲を歌い、CMと合わせて売り出す手法で、ニューミュージックというより、どちらかといえば、ちょっと変り種のアイドル、という感じで受け取っていた。

そんな中で、このデビューアルバムの一曲、「突然の贈りもの」を女性ばかりの知り合いのアマチュアバンドが取り上げ、そこから僕もこの曲の良さを実感し、興味を持ったのだった。彼女たちの口にのぼる竹内まりやのアルバムの話は、とても先進的で新鮮で、僕が漠然と思っていたアイドル路線とは違うだろうことも、何となくわかってきた。

そして初めて聴いたアルバム「ビギニング」。第一印象はあまりパッとした感じこそ無かったが、今になってみれば、その後に繋がる様々な事象の萌芽が、既にこのアルバムにはあって、なるほど、彼女は最初から只者ではなかったのだ、ということがわかる。

まずはその声。このアルバムを出した当時は、竹内まりやもまだ大学生だったと思うが、もう既に、今も変わらない彼女独特の低域のしっかりきいた安定した声が出来上がっている。そして、そのアルバムの参加ミュージシャンを見れば、彼女への期待がとてつもなく大きかったことがわかってくるのだ。

このデビューアルバムの冒頭を飾るのは「グッバイ・サマーブリーズ」。これを聴けば、竹内まりあを一体どういう方向で売り出そうとしているのか、まるわかりにになりそうな曲だが、その演奏には、びっくりするような海外ミュージシャン達が名を連ねている。例えば、エレクトリック・ギターはリー・リトナー、サックスはトム・スコットと、当時大人気のフュージョン界のスターたちであり、新人のデビュー盤のオープニングとしては、破格だったのだ。

  Link:  グッバイ・サマーブリーズ / 竹内まりや

さらに、アルバムには参加していなかったが、数年後に結婚し公私共にパートナーとなる山下達郎の曲「夏の恋人」も、素晴らしい演奏とともにしっかり収まっていて、ここにもその後の竹内まりやの音楽を形作るものの第一歩を見ることができる。最も、このアルバムにおけるコンポーザーは、達郎だけではなく、加藤和彦、高橋幸宏、細野晴臣、杉真理などなど、錚々たる面々なのだが。

さらにもう一つ。提供された楽曲だけを歌っている印象だった竹内まりや自身が作詞・作曲をした「すてきなヒットソング」が、アルバムの最後を飾っているのだが、この曲が、実に素晴らしい。これこそが、その後の、自身のソングライティングへのトリガーだったのでは、と思える。

  Link:  すてきなヒットソング / WINE & ROSE
     (竹内まりやの歌はありませんでした。イメージあるカバーはこれくらいでしょうか)

さて、肝心の「突然の贈りもの」だが、この楽曲は、作詞・作曲が大貫妙子で、ほぼ同時期(正確には2ヶ月前)に発売した自らのサードアルバム「ミニヨン」にも大貫自身が歌い収められている。

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MIGNONNE / 大貫妙子

シュガー・ベイブ時代、山下達郎と一緒だった大貫は、竹内まりやとも親しかったはずで、恐らくその流れで提供された曲なのだろう。結果的には大貫自身そのできに自信を持っていたアルバム「ミニヨン」は全く売れず、僕が大貫妙子の歌う「突然の贈りもの」を聴いたのは、竹内まりやでこの曲を知って、さらに随分経ってからのことだった。

Link:  突然の贈りもの / 大貫妙子
    (残念ながら、竹内まりやのものは、ありませんでした)

発表から35年、この穏やかで感傷的な曲は、その後たくさんの人に愛され続けてきた。記憶に残るカバーもいくつかあるが、1994年に矢野顕子のピアノ弾き語りアルバム「ピアノ・ナイトリィ」で、彼女独特の崩しのきいた「突然の贈りもの」を聴いたときには、さすがにびっくりしたものだ。でも、すぐに「矢野風の贈りもの」と認識して、慣れたんだけど...

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Piano Nightly / 矢野顕子

最近では大橋トリオのカバーアルバム「FAKE BOOK」でこの曲に遭遇。へー、男性による歌も、けっこういいかも...と、ちょっと新鮮だった。よし、一丁、僕も挑戦してみようか、なんて思ったりしてね。

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FAKE BOOK / 大橋トリオ

  Link:  突然の贈りもの / 大橋トリオ

とは言え、やはりこの曲は、大貫妙子の歌うもの、しかも以前紹介した2007年の彼女のアルバム「Boucles d'oreilles」(ブックル・ドレイユ)でのバージョンの繊細な感じが、一番好きかも知れない。若くて、まだまだあまり知られていなかった頃の彼女の、みずみずしくてセンシティブな感情が、その歌詞に、旋律に込められているような気がして、飾らない小箱に大切にしまいこんでいたものを、そっと開いていくような、そんな感覚で聴いてしまう。(このアルバムは、超おすすめです。)

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Boucles d'oreilles (ブックル ドレイユ) / 大貫妙子

  Link:  黒のクレール・突然の贈りもの / 大貫妙子(1988)
    (2曲目が「突然の贈りもの」です。
     「黒のクレール」も、このアルバムのバージョンに近いですが、
     映像は1988年のライブ。この人、おそろしく変わりません。。。)

その上で、竹内まりやの「ビギニング」でのバージョンに戻ると、大貫の繊細さは消え、竹内まりや独特の大らかさ、明るさを持って、彼女の音楽になっていることがわかる。そしてやはりこの曲の僕の中での基準は、初めてその良さを認識した竹内まりやのものになっていて、そこはずっと変わらないな、と思ったりもするのだ。


スピーカーから流れる「突然の贈りもの」にかぶさるように、窓の外からウグイスの鳴き声が聴こえる。そういえばもう4月も中旬。寒さも感じなくなってきた。こうやってウグイスの贈りものを聴けるのも、もう少しなのかもしれないね。

長浜ラーメンと尾崎亜美

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先日、義父の七回忌に出席するため、久々に新幹線を使って福岡に帰った。九州新幹線が開通して以降初めての帰省だったが、結局今回も博多駅で降りて在来線を使ったので、直接その恩恵を受けたわけではない。博多から快速で数十分のところにある実家近くにも九州新幹線の駅はできているが、帰り着くにはやはり在来線での乗り継ぎが必要となるため、結構面倒くさいのだ。

とはいえ、車で帰ると700キロ近くあるので一日がかりになるし、飛行機だとあっという間だけど、大阪空港までの行程と福岡空港からの煩雑さを考え合わせるとやはり新幹線を選んでしまう。日本のようにコンパクトな国だと、高速鉄道のメリットは大きいということだろう。

ところで、その変わりように驚いたのは博多駅の新幹線改札内である。学生の頃から数え切れないくらい利用してきたものの、改札内の様子はこれまでずっと代わり映えしなかったが、今回はさすがに見違えるようにきれいになっている。九州新幹線効果ってやつかな。しかし、一歩在来線のホームに降り立つと、そこにはかつてとあまり変わらない空気が流れていた。「ここは変わらないね。」などと言いながら快速の到着を待っていると、ふんわり風に乗って、どこからともなく懐かしい香りが・・・。「なに?このにおい。むっちゃ臭いよね。でも懐かしい。」

頭に浮かぶのは長浜ラーメン(=博多ラーメン)である。そうそう、今でこそ博多のとんこつラーメンなんて珍しくもなんとも無いし、大阪でもそれらしいラーメンはすぐに食べられる。でもそういうラーメンでここまで臭いと思ったことは無い。そうだったのか。博多ラーメンは全国区になるために、この強烈な匂いをカモフラージュしてきたんだな、なんてことを今更ながらに思い、感心してしまった。そういえば、今や全国区になっている博多由来の人気ラーメン店の名前は、僕が学生時代には聞いたことがなかった。恐らくそれ以降にできた店なのだろう。

学生時代、アパートから大学までの道沿いにもラーメン屋があった。入学当初はこの店の前を通るたびに、きっと何か変なものを煮込んでいるに違いないと思っていた。そう感じるほどの刺激臭で、息を止めて早足で通り過ぎたものだが、それこそが典型的な博多ラーメンの匂いだった。

でもそれもすぐに慣れてくる。オケの練習帰りにみんなで飲みに行くと、締めでよく「んめーら」というラーメン屋に行った。店のご主人が地元のおばちゃんと話している強烈な博多弁を、最初はまったく理解できず、とんでもなく遠くに来てしまったんだな、と実感した記憶がある。焼酎をたらふく飲んだ後のとんこつラーメンは、嗅覚が麻痺しかけていたのかすぐに慣れてきて、徐々に福岡での生活とは切り離せないものになっていった。3回生のときにできた「とん吉」にもよく行ったが、どちらもしらふでは一度も入ったことがない店だった。

天神に出たときによく行ったのは、名前がどうしても出てこないが(漢字3文字で、最初が「呉」だったような気がするんだけど思い出せない)大丸のある交差点の角に出る屋台で、ここでしか味わえない味噌をベースにしたとんこつラーメンは最高にうまかった。ラーメンを頼むと必ず「にんにくは入れますか?」と尋ねられる。入れると答えると、フレッシュなにんにくをひとかけらつぶして入れてくれる。これがまた味噌ベースのとんこつラーメンに合うのだ。僕はそこの暖簾をくぐったとたんに周りの迷惑など顧みない人間に豹変し、にんにくは必ず大量に入れてもらうのだった。

しかしやはり博多のラーメンで一番に思い出すのは、博多漁港近くの「元祖長浜屋ラーメン」だ。恐らく博多ラーメンの発祥の店なのだろう。僕たちが住んでいた場所からは10キロほど離れていたが、24時間営業だったため大学の寮に遊びに行ったときなど、夜中におなかすいたなー、なんてことになると誰かの車に乗って、天神をさらに越えたところにあるこの店までよく行ったものだ。

この店は、真夜中でも明け方でも、タクシーやトラックの運ちゃん達で混雑していた。それを素早く裁くために、テーブルにはラーメン鉢が常に大量に並べられていて、その前に突っ立ったタオル鉢巻姿で白いゴム長靴を履いたおっちゃんが店に人が入るなり、人数分のスープを入れ、ゆがいた麺を受け取りいれていく。席に座るだけであっという間にできあがったラーメンに僕たちは大量の紅しょうがを乗せて食する。まだ物足りなければ「替え玉」や「替え肉」を、ぱいたん(白湯)が真っ赤に染まったスープの中に、ぽちょんと入れてもらい、再度ずるずるやる。・・・今もあるのだろうか。あるとしても当時のスタイルのままではないのだろう。


真夜中の長浜ラーメン帰りに、車でよく訪れたのが福岡空港だった。と言っても、もう飛行機の飛んでない時間帯で、僕たちのお目当ては滑走路横にぽつんとあったゲームセンターだった。インベーダーゲームやギャラクシーが流行った直後であり、24時間営業のゲームセンターがそんなところにもあったのだ。今のように深夜に遊ぶところなんて無い時代だから、よく真夜中の暇つぶしに立ち寄った。

福岡空港は、福岡市内や博多駅に近接していて、今や地下鉄もできてむちゃくちゃ便利な空港だけど、当時はそんなことでしか訪れない場所だった。四国から福岡へは、高速艇で渡って新幹線に乗るパターンだったので飛行機には縁が無かったし、今では笑ってしまいそうだけど、何より飛行機に乗るのが怖かったのだ。あんな鉄の塊が空を飛ぶこと自体理解できなかったし、狭い空間に閉じ込められて後悔しながら墜落していく妄想がいつも頭をよぎり、乗らないに越したことはない、くわばらくわばら、などと思う小心者だった。

そんな僕だったが、実は空港は好きな場所だった。先にゲームセンターに入っていく友人たちを尻目に、僕はよくひとりで空港の滑走路に点々と並ぶランプや点滅する明かりをじっと眺めていた。そこにはなんともいえないドラマが隠されているようで、美しいと感じる見た目以上に、感慨を持って眺めていた気がする。飛行機は新婚旅行で初めて乗って以降、一度禁を犯せばなしくずしで、仕事も含めこれまでたくさん利用してきた。しかし今でも空港に感じる気分を、当時の未熟な僕も感じていたことを今さらながらに驚く。シンデレラエクスプレスが流行ったとはいえ、新幹線では到底追いつけないドラマ性を空港に感じるのは、その光と影の仕組まざる演出のせいかもしれない。


ということで今日の音楽。当時、そんな夜の空港の姿を眺めながら、しばしば僕の頭の中で鳴っていたのが、尾崎亜美の“さよならを言うために”だ。今聴けば、大学生が好んで思い描くにはちょっと大人すぎるような曲だが、僕は尾崎亜美の数ある作品の中で、今でもこの曲が一番好きかも知れない。この曲は彼女の2枚目のアルバム「MIND DROPS」のラストソングである。

  Link:  さよならを言うために / 尾崎亜美

MIND DROPS(紙ジャケット仕様) / 尾崎亜美
MIND DROPS(紙ジャケット仕様) / 尾崎亜美


尾崎亜美を初めて聴いたのは、高校時代の放送部の部屋に誰かが持ってきていたデビュー曲「瞑想」のEP版でだった。その曲自体はあまり売れなかったと思うが、その音楽の持つ軽快さと新しさには目を見張ったものだ。

  Link:  瞑想 / 尾崎亜美

そして、デビュー翌年には、“マイ・ピュア・レディー”が資生堂のCMに使われ大ヒットし、尾崎亜美はあっという間に誰もが知るヒットメーカーになった。「さよならを言うために」の入ったアルバム「MIND DROPS」は、それとほぼ同時期に発売されたが、“マイ・ピュア・レディー”は入っていない。(この曲はオリジナルアルバムには収録されませんでしたが、CD盤の「MIND DROPS」にボーナスで入っているバージョンもあります。)

  Link:  資生堂 クリスタルデュウ CM(1977年) マイピュアレディ 小林麻美

ちょうど松任谷正隆がユーミンと結婚した頃、尾崎亜美のデビューアルバムをプロデュースしていたこともあって、彼女はポストユーミンの最右翼とも言われたが、僕は当時ユーミンに感じていた「永遠の素人っぽさ」とは真逆の、「生まれながらのプロフェッショナル」の匂いを尾崎亜美には感じていた。当時のその感覚の通り、その後の尾崎亜美は、自らはあまり目立つことなく、たくさんの楽曲をアーティストに提供してヒット曲を連発し、さらに自らもカバーするという理想的なスタイルを貫いてきた。

「さよならを言うために」はデビュー翌年の、そうしたスタイルに入る前の音楽だが、今改めて聴けば、そのプロフェッショナルとしての天才性を十分に感じ取ることができる曲だ。くっきりと情景が浮かぶ歌詞。ありそうでなかなか無いドラマティックな楽曲展開。その声や編曲も含め、当時のニュー・ミュージックの枠を飛び越えた成熟した世界を演出している。


僕の福岡時代の感覚は、長浜ラーメンや屋台のような猥雑さと、この曲のような都会的なスマートさが渾然と溶け合っている。相反する世界が同居して違和感が無い。思えば、博多ってそんな街だったよね。


<おまけ>

“瞑想”の入っているデビュー・アルバム「SHADY」もぜひどうぞ。

SHADY(紙ジャケット仕様) / 尾崎亜美
SHADY(紙ジャケット仕様) / 尾崎亜美



<おまけ2>

ついでに、尾崎亜美のヒット曲メドレーを、辛島美登里、沢田知可子と3人で歌った少し前の映像もぜひどうぞ。

Link:  尾崎亜美 ヒットメドレー

「あまちゃん」 熱かったよね

Posted by Jerrio on   0 comments   0 trackback

遂に「あまちゃん」が終わってしまった。来週からは「あまちゃん」の無い一日の終わりを迎えることになるわけだけど...ううっ、なんて寂しいんだろう...

平日は、夜ほとんど寝るためだけに家にいるような生活なので、連続もののドラマを見続けるというのはよほどの事である。それでも「本当におもしろいものは見逃したくない」という性格なので、今やBDレコーダーをフル活用し、なんとか最低限の視聴生活を維持している。とは言うものの、この半年で実際に観続けたテレビドラマといえば、「八重の桜」と「半沢直樹」と「あまちゃん」くらいなんだけどね。最初の2つは日曜日だし...

それにしてもNHKの朝の連続ドラマに飽きることなく最後までハマるっていうのは珍しい。思いつくのは「カーネーション」くらいかな。夜帰宅後、就寝までにその日の「あまちゃん」の録画を観るわけだけど、魅力的な出演者が織り成す世界と全編にわたって仕込まれた「しかけ」に、僕は毎回胸を躍らせていた。

恐らくこのドラマは、それぞれの世代なりの楽しみ方やひっかかりがあったのではないかと思う。秋元康とAKBを茶化したような設定は、僕等よりもうんと若い世代はもっと楽しんだだろうし、橋幸男を引っ張り出したあたりは、上の世代への配慮もばっちりだった。

しかし60年代生まれの僕にとっては、何と言っても小泉今日子と薬師丸ひろ子が絡むこの展開はたまらない。今回初共演のこの二人の存在は、ファンであったかどうかは別にして、僕にとっても少し特別だった。しかもこのドラマがおもしろいのは、彼女たちに女優として本人とは違う役を演じきることを求めているようには思えないところだ。「天野春子」は現実の小泉今日子を通して透かし絵のように見られることを想定されているし、「鈴鹿ひろ美」は現実の薬師丸ひろ子を通すことで、何倍も楽しめるようにできている。恐らくそれは「天野あき」と主演の能年玲奈との関係においても同じなのだろう。

以前ブログにも書いたことがあるが(Link: 2011年11月13日のブログ )、今や女優として大活躍するキョンキョンはいくつになっても「アイドル」である。そんな彼女に、アイドルになりたくてもなれなかった過去を持たせ、娘がアイドルになりたいと言えば、それがどんなに大変なことか具体的に挙げ徹底的に反対したそのくだりを聞いたとき、現実のアイドルだった彼女は一体どんなことを思いながらこのセリフをしゃべっているんだろうと思ってしまった。

そして薬師丸ひろ子だ。僕が高校生のときに映画「野生の証明」で衝撃デビューしたまだ中学生だった彼女は、瞬く間に映画界のアイドルになっていった。学生時代に僕も「ねらわれた学園」や「翔んだカップル」は観た記憶がある。しかし何といっても、最も印象的だったのは社会人一年目に映画館で封切りを観た「Wの悲劇」だ。この映画は夏樹静子原作の「Wの悲劇」が劇中劇となっていて、それを三田佳子扮する大女優、薬師丸ひろ子扮する女優志望の劇団研究生がスキャンダラスな展開の中で演じきる。劇中劇の演出はあの蜷川幸雄だったが、映画の構成自体が非常に凝っていて、その展開にしっかり引き込まれた記憶がある。

  Link:  Wの悲劇 プレビュー

一方「あまちゃん」では薬師丸ひろ子の設定が「大女優」。そんな彼女の付き人で女優を目指すアキと共に劇中劇を演じる姿は、明らかに「Wの悲劇」へのオマージュだ。そう思えば、もう次から次へとそういった断片が発見されて、本当に楽しませてもらった。例えば、当時映画の予告にもなっていた「顔はぶたないで...私、女優なんだから」というなかなか流行ったせりふは、あまちゃんの中で、おにいちゃんにぶたれたユイちゃんが「顔はやめてよ...」というところで突然出てきたりする。ドラマだけ見ていると唐突な展開のように思うんだけど、大体このドラマでそういう風にちょっとひっかかるところは、何かが仕掛けられているようだ。

それよりも何よりも、問題は鈴鹿ひろ美の歌である。鈴鹿ひろ美が実はとんでもないオンチだったという設定がこの物語の全ての始まりなのだが、最終週、第153話で薬師丸ひろ子扮する鈴鹿ひろ美は、「潮騒のメモリー」を被災地のあまカフェで全曲歌いきる。僕は、こんなところにこのドラマのハイライトが来るなんて予想していなかったのだが、その演奏が実に素晴らしかった。ピアノとギターと弦楽。ギターは「あまちゃん」の音楽を全編担当している大友良英が実際に登場して弾いている。ゆったりとした弦楽主体の編曲に、素の薬師丸ひろ子が歌っている。そうそう、薬師丸ひろ子はこういう歌い方だったな、なんて思いながらぞくぞくしてたんだけど、恐らく若い世代にはあまりなじみが無いだろう。

脚本の宮藤官九郎自身が作詞した80年代の様々な流行歌のパロディーのような歌詞が、1番、そして2番とゆったりと歌われている。2番まで聴くことはこれまでほとんど無かったが、その冒頭をちょっと感動しながら聴いていてピンと来た。この「おいてゆくのね さよならも言わずに 再び会うための約束もしないで」という歌詞は、薬師丸ひろ子のデビュー曲、「セーラー服と機関銃」の主題歌の歌詞「さよならは別れの言葉じゃなくて 再び会うための遠い約束」とつながっていたんだな。

ところで薬師丸ひろ子は、女優であって歌手は余技という印象が強い。映画の主題歌を歌うことがメインだったとは言え、ひょっとしたら小泉今日子以上にヒット曲を持っているかもしれない彼女に「歌手」の印象が薄いのは、僕の私見でいえば、歌っている姿の露出が少なかったことだけじゃなく、当時、コーラス部の女の子が歌っているみたいだな~と感じていた、歌謡曲のアイドル路線とは少しずれた歌い方にあったのだろう。

僕は今回あまちゃんを観て、ひょっとしたら薬師丸ひろ子はあの頃自分の歌にコンプレックスがあったんじゃないか、それでも映画のプロモーションもあるので仕方なく歌っていたんじゃないか、なんて思ってしまった。そして、そんなものを吹っ切ってしまったような堂々とした歌いっぷりを観て、妙に感動してしまったのだ。

  Link:  潮騒のメモリー / 薬師丸ひろ子

しかし、こういう歌い方でヒットを飛ばしたアイドル(?)は、と考えると、今や大女優の吉永小百合くらいしか知らないなー、って思ったわけだけど...そういえば橋幸男と吉永小百合の「いつでも夢を」は、ドラマでの薬師丸ひろ子の最後の登場シーン(朝の拡声器での挨拶)でもバックに流れ、なるほど二人の歌い方ってかぶるなーなどと妙に納得させてくれることになるんだな、これが。

さらに重要なシーン、アキにだけ見えている若い頃の天野春子がこの歌をステージ袖で見ながら笑顔で涙を流し消えていくという設定も、春子の夫役の尾美としのりが準主役を演じた僕の大好きな映画「さびしんぼう」を思い出させてくれる。宮藤さんも、あのころこの映画にコロッとやられた口かな、なんて思っているうちに、いつの間にか歌は終わり、その余韻は大歓声に包まれていた。

やはり、宮藤官九郎の脚本は天才的に面白いし、その意思を活かしきった演出陣も素晴らしい。しかし...ああ、終わってしまったんだな。あとはオリコン初登場1位となった天野晴子の「潮騒のメモリー」が紅白歌合戦で歌われるのか、なんてこと位しか楽しみがなくなる。それならいっそ、鈴鹿ひろ美と潮騒のメモリーズがそれにどう絡むのか、はたまたGMTが出てくるのか、なんてことに楽しみを膨らませておこうか、なんて考えてるんだけど...

  Link:  潮騒のメモリー / 小泉今日子
  Link:  潮騒のメモリー / 潮騒のメモリーズ

まあとにかく今は少し気を静めて、先日しっかり入手した2枚のあまちゃんのサウンドトラックでも聴いて、熱かった「あまちゃん」を思い出しながら、しばらくは余韻に浸っていることにしようかな。


連続テレビ小説「あまちゃん」オリジナル・サウンドトラック
連続テレビ小説「あまちゃん」オリジナル・サウンドトラック/ 大友良英


連続テレビ小説「あまちゃん」オリジナル・サウンドトラック 2
連続テレビ小説「あまちゃん」オリジナル・サウンドトラック 2 / 大友良英