Jerrio's Cafe

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月とキャベツ

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学生時代に弾いて以来、古びた黒いハードケースの中に入れっぱなしになっていたアコースティックギターを、ちょいと弾いてみようという気になったのは、社会人になって十数年たった頃だった。結婚してからも手許に置いてはいたものの、ベッドの下の見えないところでほこりをかぶったままになっていたのだ。

きっかけは、当時SMAPが歌って流行り始めていた「セロリ」を見知らぬ青年が歌うライブ映像だった。その映像を何気なく眺めていて、思わず身を乗り出した。それは、山崎まさよしの演奏に初めて触れた瞬間だった。僕はその新しい才能を感じる新人ミュージシャンの映像を見て、とても高揚した気分になり、同時になんだか無性にギターを弾きたくなったのだ。それまでも、様々な人のライブ映像を見てきたはずなのに、社会人になって以降でこういう気分になったのは初めてだった。

  Link:  セロリ & MC / 山崎まさよし
      (恐らく、その時の映像ではないですが。。。)

久しぶりに取り出したギターの弦はすっかり錆びていて音程もむちゃくちゃだったが、とりあえず音を合わせて...と、ペグを少し回したとたん、バチンと鈍い音を立てて、弦が切れた。その週末、本当に久々に購入した弦に張り替え、ようやく演奏できる状態になったのだった。


リリースされて間もない山崎まさよしの2枚目のオリジナルアルバム「HOME」を入手したのはそんな背景があったからだ。当時、僕の音楽的関心は日本の男性シンガーソングライターには向いていなかったが、何故かこのミュージシャンへの興味は大きく膨らんでいたということだろう。そのブルージーな声と雰囲気が全体を覆ってはいるものの、内容は聴く前の予想(音楽的志向が極端に偏っている?)と違っていて、そのバリエーションの豊かさに驚いたものだ。

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HOME / 山崎まさよし

その中に名曲「One more time, One more chance」は入っている。既にシングルカットされていた時期だったが、しっかり聴いたのはこの時が初めてだった。他の曲と毛色の違うこのラブ・ソングは、ギターの前奏で静かに始まり、その感情を込めた抑揚は聴き手の期待感にもしっかり応えてくれる。今でも、僕の大好きな曲で、時折ギターで少しなぞったりする。

  Link:  One more time,One more chance(Gt.ver. PV) /山崎まさよし

この曲が「月とキャベツ」という、山崎まさよしが主演した映画の主題歌だったことを知ったのは、それから数年後のこと。たまたまお正月用にとまとめて買った中古DVDの中に含まれていた。歌を歌えなくなったミュージシャンと、突然現れた高校生の女の子のひと夏の奇妙な同居生活を描いたちょっと不思議なピュア・ラブ・ストーリーで、「One more time, One more chance」は、その少女との関わりの中で少しずつ立ち直り、再び曲作りに目覚め作り上げていく、まさにその曲だったのである。映画としてはストーリーに多少ひねりが少ないかな、と最初は思ったものの、僕はその映像を結構感動しながら追っていた。なんだか暖かい思いが長く残る映画で、地味ではあるが、大好きな映画になった。

  Link:  月とキャベツ (PV)

この作品のヒロイン、高校生の女の子「ヒバナ」役は、当時CMなどにもよく出ていた女優の真田麻垂美で早くから決まっていたらしいが、山崎まさよしの演じたミュージシャン「花火」役は最後まで決まらなかったという。想定は30歳のかつて頂点を極めたミュージシャンで、映画ではリアルに演奏をしてもらう必要もあるし、曲も作ってもらわなければならない、となるとハードルは高い。予算のない超マイナーな映画だったこともあって、脚本も書いた篠原哲雄監督の思うミュージシャンからはすべて断られたらしい。そういう中で候補に挙がった当時の山崎まさよしは24歳の無名の新人ミュージシャン。設定に比べて若すぎたのだが、監督がライブを直接見に行って気に入り、役者としてはヘタではあったものの最終的には決めたという。

そういう経緯に反して、映画の中での山崎まさよしは実にのびのびとしていて、自然で、輝いて見える。その演技も素晴らしいが、曲作りや演奏のシーンを見れば、奇跡のようなキャストだったと思えてくる。何よりも、このストーリーにぴたりとはまった、「One more time, One more chance」が秀逸で、この曲無しのこの作品は考えられない。

  Link:  one more time one more chance by The moon and a cabbage
     (映画のラストシーン。ピアノの弾き語りによるこの曲のフル演奏です。)

ちょっと奇妙なタイトルである「月とキャベツ」。元々は「眠れない夜の終わり」というタイトルだったらしい。しかし、今のタイトルの方がいいと感じるのは、山崎まさよしの演じる素朴でぶっきらぼうな感じと「キャベツ」とがしっかり結びついているからだろう。月はその少女の象徴であり、キャベツは主人公の象徴なのだ。月に照らされたキャベツがバサバサと羽ばたき始める物語は、希望に続く物語でもある。


さて、その後、この映画が流行ったという話は聞かなかったが、主題歌である「One more time, One more chance」は徐々に売れ始め、アルバム「Home」も話題になって、山崎まさよしは一躍、時代の寵児となった。印象に残っているのはそれからしばらくして、NHKのドキュメンタリーで何回かあった企画。アメリカの本場のブルースミュージシャンと一緒にブルースセッションをしたり、ナッシュビルの路上で一人弾き語りをする姿は印象的だった。とにかく演奏も音もカッコよかった。別にブルースを弾きたいわけじゃなかったけど、そのあたりから、常にリビングルームにギタースタンドを置いて、ギターをいつでも手に取れるようにしていた。件のギターは学生時代に友人から購入したGuild のD-40で、今や立派にオールドである。

当時は、まだ子供達は小学校の低学年で、置いているギターには目もくれなかった。そもそも小さい頃からあらゆるジャンルの音楽が流れている環境で、鍵盤楽器も常に弾ける状態にしていたにも関わらず、音楽には全く興味を示さず、迷うことなく小生意気なサッカー少年になっていった息子たちだったので、まあギターもそんな感じだろうと思っていた。

ところが不思議なもので、ちょうど声変わりをする頃、次男の方がギターに興味を持ち始め、時々手に取っているうちに、その生来の器用さからあっという間に上達し、自分のギターが欲しいと言い出して驚いた。確か高校に入った頃、自分のお小遣いで買うからということで、一緒に楽器店に行き、Ovation のエレアコを購入した。今も時々弾いているようだが、手に取るのはもっぱら僕のアコースティック・ギターの方であり、やはり生ギターがいいようである。

長男の方は昔からちょっと不器用で、中学・高校時代にこそギターには興味を示さなかったが、大学で家を離れる際に何故か僕が中学生の頃に購入して家に転がっていたヤマハのフォークギターを持って行くと言い出し、次に帰省して帰った時にはバリバリに弾けるようになっていて驚いたものだ。その翌年には、自分のギターを購入するというので、僕もついて行って色々弾き比べを決行。最終的に、K・Yairiのハンドメイドギターの音に惚れ込んで購入。今でも弾いているらしい。


先日息子が、立てかけたギターを軽く手に取って弾いているのを、何気なく聞いていた。ポロポロと弾きだしたのが「One more time, One more chance」の前奏だった。20年の時を経ても、それほど懐かしさは感じない。でも、なんだかとても不思議な、ふわふわした気分になっていた。


IMG_1316.jpg



<追記>

そういえば、後年、パシフィコ横浜の国際展示場に仕事で用があって出かけたとき、初めて桜木町の駅に降り立ちました。ホームで、あーここが「One more time, One more chance」に出てくる桜木町か、と感慨ひとしお。でも国際展示場に向かう道すがら、大阪で桜木町なんて言われてもわからへんなー、やっぱり大阪やったら・・・・・・中崎町やね、まあ、弁天町でもええけど、などと考えてにんまり。

気が付けば、「いつでも捜しているよ どっかに君の姿を 明け方の街 中崎町で こんなとこに来るはずもないのに・・・」と、鼻歌交じりに歩いていました。そっちもええやん。


<おまけ1>

「月とキャベツ」のクライマックス。ちょっとネタバレなので、見たい人だけどうぞ。

  Link:  月とキャベツ (クライマックス)


<おまけ2>

山崎まさよしが、ビートルズの「All My Loving」をポールマッカートニーの前で演奏する映像がありました。2002年の来日時です。コードの誤りを指摘されています。

  Link:  All My Loving (Beatles) /山崎まさよし

1999年に、NHKの番組でミシシッピーに行った時の映像です。地元のラジオ番組に飛び入り出演していますが、パーソナリティーの人が後半徐々にノリノリになっていくのがわかります。

  Link:  Mississippi でのラジオ番組への飛び入り出演



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A HAPPY NEW YEAR

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もう三が日も過ぎて、いまさらお正月がらみってのもどうかと思うけど...

まだ子供だった頃、お正月の朝は一年の内で最も特別な時間だった。とはいっても、いつも目覚めは随分遅かった気がする。前夜の大晦日は夜更かしをしても怒られない唯一の夜で、いつも目をこすりながらも、妹と二人、がんばって起きていたからだろう。

その日ばかりは親父も普段着ない着物を着て、日頃仕舞い込んでいる小さなレコードプレーヤーを引っ張り出し、一枚のLPレコードをかけていた。流れていたのは宮城道夫の「春の海」や八橋検校の「六段」だったと思うが、その音楽の中で、おせち料理を前に新年の挨拶をし、お年玉をもらい、お屠蘇を公然と舐めさせてもらえる、というような、わくわくしながらも規律正しいお正月の行事が待っていた。

だからお正月というと、こうした日本的な筝曲を思い浮かべる純日本人になるわけだけど、まあそれもどうかと思うので別の路線で考えてみると、これがなかなか無いんだよね。クリスマスソングはあんなにあるのに。まあ、お正月だから引っ張り出してくるってわけじゃないけど、そんな中でもこれなんかばっちりかな。松任谷由実の「A Happy New Year」。どうでしょう。

  Link:  A Happy New Year / 松任谷由実

この曲は学生時代、ひょんなことから関わっていた近くの短大のフォークソングサークルの女の子が「この曲演奏したいんです」と言って渡してくれたカセットテープで初めて聴いた。そのテープには、発売されたばかりの松任谷由実のアルバム「昨晩お会いしましょう」が全曲入っていて、件の曲は、B面の最後の曲だった。

昨晩お会いしましょう / 松任谷由実
昨晩お会いしましょう / 松任谷由実


荒井由実時代には、レコードを購入して聴いていたユーミンの音楽も、当時は年2枚のペースでリリースという量産体制に入っていて、僕も何かのトリガーでもなければ買ったり聴いたりしなくなっていた。そんな中で聴いたこの"A Happy New Year"はとても新鮮に響いた。早速何度も聴いて、確かピアノ、キーボード、ギター、ベースくらいの編成で演奏できるように採譜し編曲したと記憶している。

今聴くと、最近のユーミンの声とは大きく違うことがよくわかる。素直でストレートな歌唱法から湧き出る声はみずみずしく、楽曲も歌詞もすごくストレートでピュアだ。いい曲です。

そんな感じで、松任谷由実もなかなかいいな、ってことで、その直後に友人の持っていたアルバム「Surf & Snow」も録音させてもらって結構聴いたかな。

Surf & Snow / 松任谷由実
Surf & Snow / 松任谷由実


こちらのアルバムは、当時、同時期に松田聖子がカバーした”恋人はサンタクロース”だけがやたらと表に出た印象があって、それ以外の曲の印象は薄かったが、僕はトータルアルバムとして、とても優れていると思っていた。このあたりの感じが、後のユーミンのアルバムに対するスタンスになっていった気がする。

このアルバムで、案外好きだったのが、もう既に亡くなられた俳優の岡田真澄さんとデュエットしている"恋人と来ないで"だ。なんとも緩やかでモアーっとしたリラックス感が大好きだったのだが、この曲、実はかつて荒井由実時代に、彼女がパイシスという男女のデュオグループのために書き下ろした曲だった。オリジナルのパイシス盤は雰囲気が全然違っていて、「もうちょっとためを利かせて、感じ出してほしい」、なんて言いたくなりそうだけど、これがまったく売れなかったようだ。まあ、作曲者本人が歌う方が感じが出ますね。って、この曲、真夏の曲だっけ。これは失礼しました~。

  Link:  恋人と来ないで / PISCES (詩曲:荒井由実 1976)
     (ここでは、貴重なパイシス盤を。。。ユーミンのバージョンはありませんでした。)

さて、この2枚のアルバムをCDで購入したのはもっと後のことなんだけど、その6年後にその中の音楽たちがブリッとフィーチャーされた映画が登場した。原田知世主演の「私をスキーに連れてって」だ。なんとこの映画のソフトを僕は今や飾り物にしかならないレザーディスクで持っている。(処分するしかないのですが、まだできず、です...)

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レザーディスクは、学生時代によく行ったパブにも一体型の大きなプロジェクションがあったりして、当時映画や音楽の映像ソフトを手に入れて観たいときに観るってのは、ちょっとした夢だった。ちょうど結婚して少し経ったころ、ようやく手の届く価格のプレイヤーが出始めていて、満を持して購入したんだけど、その時初めて買った3本の映画ソフトの中に、この「私をスキーに連れてって」が入っていた。名作ばかりだとちょっと疲れるって感じもあったんだろうね。

特に原田知世のファンってことも無かったし、何故この映画だったんだろう、とも思うんだけど、今思えばスキーに対してちょっとしたコンプレックスがあったのかもしれない。

大学が九州の福岡だったこともあり、貧乏学生だった4年間、僕の生活の中には「スキー」の「ス」の字も現れなかった。就職して初めて、みんながスキー、スキーとやたらうるさいのに気付いたのだ。冬が近づくと社員寮の部屋では、黙々と屈伸運動を始める変なヤツまで出てくる。シーズンになると、それまでは死んだようにおとなしかったヤツが、毎週末、金曜の夜出発し、月曜日の朝スキー場帰りにそのまま出社、などという人間に豹変する。「週末に○○銀行の女の子たちとスキーに行くんだけど、一緒にどう?」などというお誘いもひっきりなしで、ファッションの一部と化していた。

当時の僕は、彼女と遠距離中だったので、そんな甘い誘いには目もくれないで、時間が取れればいそいそと福岡まで帰っていた。そういう感じで、結局はほとんどスキーとは無縁のままで、結婚して少し落ち着いたその頃、恐らく少しコンプレックスを感じるその映画を観てみたかったんだと思う。内容はまあ、「推して知るべし」だが、当時の世相とユーミンの音楽がマッチしていて、なかなか楽しめる映画だった。

その中に、”A Happy New Year”が出てくる。それを観た時点では、学生時代から少し時間が経っていたので、この曲を懐かしく感じながら、暖かい気持ちで観ていた。こんな新年もいいな、なんて思いながらね。

  Link: 私をスキーに連れてって」より「A Happy New Year」

ちなみに、この時使っていたレザーディスクプレーヤーには、購入した後いろいろビックリさせられた。先ずはウィ~ンと唸りを上げて、いかにも高速に達しました、と回転し続けるモーターの音。大判が高速回転するのだからそういうものかもしれないけど。さらには少し長めの映画だと2枚組。しかも表裏があって、途中で裏返さなければならない。使ってみて初めて、これはちょっと無理かなって感じで、結局その3本のソフトしか買わず、後は当分の間CDプレイヤーとして使用し、そのうち動かなくなった。


その後、彼女は「私をスキーに連れてって」とはついぞ言わず、僕たちはスキーとは無縁の生活を送ってきたなぁ...そんなことを思いながら部屋の片隅を見ると、僕の休眠中のチェロにえらそうにもたれかかる物体が...息子のスノーボードだ。

図2-130105

彼はスキーはやらないが、スノーボードには結構はまっている。僕たちの時代のようなファッション感覚というわけでもなく、純粋に楽しんでいるようで、こうしたウィンタースポーツも流行の域を脱して落ち着いてきたのかな、と感じる。しかし、なんて生意気なんだろう。僕もやっていなかったのに...とちらりと横目で見る。あ、うらやましいわけじゃ、ないんですけど、ね...


  *** DVDでもいかがでしょう ***

私をスキーに連れてって [DVD]
私をスキーに連れてって [DVD]



  *** こちらは予告編です ***

  Link:  私をスキーに連れてって (予告編)



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「戦メリ」はクリスマスソングなのか?

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数年前、愛媛の実家に帰っていた時のこと、何かの流れからおふくろと昔話をしていて、僕の学生時代の思い出の品を詰め込んだダンボール箱が、一つ無くなってしまったことが非常に残念だった、という話になった。その時おふくろが、「あ、そうそう...」という感じで、親父の部屋の押入れを整理していたら僕からの送り状を貼った段ボール箱がひとつ出てきた、と言い始めた。親父が亡くなって数年が経過し、おふくろもようやく一人でいることに慣れ、親父の荷物も整理できるようになったと聞いた後だった。

僕は驚きの声をあげ、はやる気持ちを抑えきれず、すぐにその箱を見せてもらった。それはまさしく遡ること二十数年前、僕が実家に送り返した段ボール箱だった。上面に、「捨てるな!」と大きく書いてあって、ガムテープもその時封をしたままの状態。恐らく「捨てるな!」の文字に反応した親父が、保管しておいてくれたのだろう。


大学卒業時、寝具袋一つと段ボール箱を十数個、実家に送り返した。アパートは大学院に行く友人が引き継いで借りることになっていたので、家財道具は全て譲り渡し、送り返したのは寝具袋に詰め込んだ布団と衣類、それとLPレコード、カセットテープ、本の類だけだった。

アパートを引き払う前日はオーケストラの演奏会に出演したのでバタバタだったが、実家に帰って数日で就職のため大阪に向かわなければならず、恐らく荷物を解いている暇は無いだろうと判断し、段ボール箱は最低限の仕分けをして送った。そのまま大阪に送るものを数箱にまとめ、本は単行本と文庫本に分類、これが荷物の大半だった。最後に一箱だけ、出演したオーケストラのパンフレットや手紙類、ちょっとわけありの小物など、すぐにいらないけど捨てられないものを一箱にまとめて、箱の上にマジックで「捨てるな!」と書いた。予想通り、大阪に発つまでに荷物を整理する時間は無く、入社の準備をするのに精一杯で、荷物は実家の敷地内に建てられていた木造の物置に放り込んだままになっていた。

その後、結婚もして落ち着いた頃、ようやく学生時代の荷物を整理しようという気になったのだが、その時点で既に卒業から5年経っていた。帰省した夏、物置からダンボール箱を引っ張り出して片っ端から開けていったのだが、安普請の物置で湿気も多く、特に床近くに重ねてあった文庫本の箱は、湿気と隙間から入り込んだ虫にやられて、そのまま廃棄せざるを得なくなっていた。目に付いた全ての荷物を整理し終えたとき、例の「捨てるな!」の箱が無いことに気付いた。押入れの中も探したが見つからず、おふくろに聞いても知らないという。物置は僕が知っている頃に比べて置かれているものがずいぶん変わっていたので、恐らく捨てられてしまったのだろうと思った。大学時代の思い出がすっぽりと無くなってしまったようで、残念で仕方なかったが、もう卒業からずいぶん時間が経ち、既に新しい生活の中にあったので、すんなり諦められた。それ以降、ほとんど思い出すこともなく、20年近く経過していたのだった。


そういう経緯を辿った荷物であり、内容はとても語りつくせないのだが、その中に何故か一冊雑誌が入っていた。松文社のアミューズメント・マガジン、「GOUT(グゥ)」という季刊誌の創刊号だ。発行日を見れば1983年6月30日。大学4年の時である。雑誌の類はほとんど捨てたつもりだったが、どうもこれだけは残しておいたようだ。そう思いながら中を見るとその理由は明白だった。その発売の1ヵ月前に公開され大きく話題になっていた大島渚監督の作品、「戦場のメリークリスマス」の特集がその大半を占めていて、しかもその内容のレベルが、ただの雑誌の域を超えた半端なくハイレベルなものだったのだ。

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監督はもちろん、出演したデビッド・ボウイ、ビート・たけし、坂本龍一それぞれへの趣向を凝らした長いインタビューと、多才なゲストを含めた対談。そこに日比野克彦をはじめ今ではとても考えられない布陣のイラストレーターたちが、ポップアートの展覧会の如きアートワークを施していて、思わず鼻息が荒くなるような雑誌だった。(その後、続いたのかどうかは知りません。ただ、恐らく予算面で...)

思えば、僕の学生時代の最終年は、「戦メリ」だらけだった。なんともシリアスな戦争映画でありながら、その基調にアブノーマルな精神世界を垣間見るこの作品は、問題作「愛の亡霊」以来5年ぶりの大島渚監督作品であったことや、カンヌのグランプリを獲る獲ると言われながら逃してしまったことにももちろん注目が集まったが、何と言ってもキャストの意外性が話題の中心だった。そしてもう一つの注目点は、意外なキャストの筆頭だった坂本龍一の担当した音楽にあった。その音楽の秀逸さは誰もが認めるところだろうが、今考えればそれはイエロー・マジック・オーケストラで幕を開け、そこから世界のサカモトへと駆け上るための、重要な上り階段だったのだ。

正直言うと、当時僕はYMOの音楽にどうもピンと来ていなかったし、坂本龍一に対しても似たようなものだった。「戦メリ」の音楽に関しては、なんとなくいい印象を持ってはいたが、他の話題が大きすぎて、音楽をじっくり聴いてみようなんて気分にはならなかった。

そうやってしばらくは僕も静観していたのだが、その年の12月、坂本龍一が4枚目のソロアルバム「コーダ」を出すに至って、初めて触手が伸びた。このアルバムは、「戦場のメリークリスマス」のサントラを坂本自身がピアノ演奏したカセットブック「Avec Piano」をアルバム化したものであり、僕が学生時代、最後に購入したLP盤である。

Coda / Ryuichi Sakamoto
Coda / Ryuichi Sakamoto


僕は、そこに展開される音楽を聴いて、初めて坂本龍一の凄さを知った。その時点では「戦メリ」のサントラ盤を聴いていなかったこともあって、そのアルバムをピアノの小品集のように受け取った。それはまるでムソルグスキーの「展覧会の絵」のピアノ版を想起させるような感覚であり、劇的に展開していく音楽を、ただわくわくしながら聴き進んだものだ。それにしても冒頭の”Merry Christmas Mr.Lawrence”の存在感たるや...やはり名曲である。しかも最近の坂本龍一の感情の入りこんだ演奏とは違って、なんだかすごく好感の持てるカッチリとした演奏になっていて、僕はこれくらいクールな方が好きだ。

  Link:  Merry Christmas Mr. Lawrence(Piano Version 1983)/ Ryuichi Sakamoto

ところで、この曲をクリスマスソング、なんて思っている人はいるのだろうか。僕には全くそのイメージがなかったので、当初この曲をこの時期に紹介することにかなり違和感があったのだが、それは後年CDで購入した「戦場のメリークリスマス」のサントラ盤のイメージが強かったからだろう。映画「戦場のメリークリスマス」は南国の島での話であり、映画の公開時期も暑い時期に重なっていたので、僕にとってはそのタイトルとは真逆ののイメージが強かったのだ。

戦場のメリー・クリスマス OST / 坂本龍一
戦場のメリー・クリスマス OST / 坂本龍一


  Link:  Merry Christmas Mr.Lawrence (Original Version 1983) / Ryuichi Sakamoto

ところで、この”Merry Christmas Mr.Lawrence”は、もう一つのタイトルを持っている。”Forbidden Colours (禁じられた色彩)”がそのタイトルであり、海外でこの曲を演奏する時は、しばしばこのタイトルが使われるのだが、これは坂本龍一と親交の深かった英国のロックグループ、Japanのボーカルだった、デビッド・シルビアンが詩をつけ、サントラ盤のラストも飾っているボーカル・バージョンである。

  Link:  Forbidden Colours / Sakamoto Ryuichi & David Sylvian

このバージョンは、Ryuichi Sakamoto & David Sylvian名でシングル化もされたが、その詩は三島由紀夫の「禁色」に触発されたものであり、その声とあわせて独特の深い世界を築きあげている。

一方で、David Sylvian自身の1987年のアルバム「Secrets of the Beehive」のUK盤にもこの曲は入っていて、そこでは編曲が変わり、よりDavid Sylvian的になっているのだから面白い。僕はこのバージョンを結構好きなのだ。

Secrets of the Beehive / David Sylvian
Secrets of the Beehive / David Sylvian


  Link:  Forbidden Colours (Another Version) / Sakamoto Ryuichi & David Sylvian

さて、ここまでくると、この曲のどこをどうひっくり返してもクリスマスの匂いは漏れてこないが、ここで最初の「CODA」における”Merry Christmas Mr.Lawrence”に戻って冒頭のピアノの演奏を聴いてみると、なんとも静かな中に舞い落ちる雪をイメージし始め、タイトルと案外フィットしているのかもしれないな、なんて思ってしまうのだから不思議である。う~ん、ピアノバージョンはこの時期の音楽でいいのかもね。

ところで「Coda」とは、音楽用語で終結部分。そのタイトルは、長らくつき合わされた「戦メリ」はもうこれで終りだ、という坂本龍一の思いが込められいるらしい。ということで、このお話もそろそろCodaへ...


<おまけ>

近年の坂本龍一の演奏もぜひどうぞ。

  Link:  Merry Christmas,Mr Lawrence / Ryuichi Sakamoto
      こういうエモーショナルなのがいい場合も時にありますね。

  Link:  Merry Christmas Mr. Lawrence / Utada
      ついでに(と言ったら怒られるな)Utadaバージョンを



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サヨナラからはじまること

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いよいよ3月。外気はまだまだ冷たいが、今日は日差しが暖かい。卒業シーズンの到来だ。
卒業といえば、僕の高校時代の卒業アルバムと、その翌年以降の卒業アルバムで決定的に違う点がある。それは、僕達が「金八先生の影響を受けていない最後の卒業生」であり、翌年のアルバムからは「贈る言葉」や「金八先生」の文字が至るところに躍る点である。その金八先生もいよいよこの3月でご定年との事。お疲れ様でした。

もう一昨年の夏のことになるが、卒業30周年ということで開催された高校の同窓会に出席した。450名ほどいた同期生全員が対象の同窓会だ。かつては「同窓会になんか出始めたら終わってるね。」なんて周囲にうそぶいていたし、実際案内が来ても、仕事を理由に不参加を通してきた。でも今回は、その日程に合わせて帰省を計画。30年目にして初めての出席となった。

最初に会場のホテルに足を踏み入れ、出席名簿にチェックを入れるため、混雑したロビーに設置された受付へ。周りを見渡しても、誰が誰やらさっぱりわからない。え~?おい、これ本当に合ってる?

いやー、こんなことになるとは。想像以上でした。でも、宴会が始まり時間がたつと思い出してくる。さらに、一人ひとり話をすると、みんなあまり変わっていないことに気付く。見た目は多少色々あるけど、基本的には昔のままだ。要するに忘れているのだ。それを思い出すには少し時間が必要、というわけだ。うーん、30年はやっぱり長い、かな?

さて、今回なぜ出席する心境になったのか。出席者百数十名の前で、ひとりずつ近況紹介をしたが、そこで僕はこんなことを述べた。「30年前のちょうど今頃、確かクラスでは僕ひとりだったと思うけど、2回目(!)の受験勉強の真っ只中でした。いま、うちの息子を見ると、これがなんと全く同じ境遇にあり、あー、30年たったんだなぁ、としみじみ思い、これは行かなければ、と大阪から帰ってきました。」

実はもう一つ理由がある。3年次のクラスには当時委員長的役割を果たしていたMさんという女の子がいた。彼女はなかなかボーイッシュなところがあり、クラスで最初に会ったときから妙に気が合って、よく冗談を言い合ったものだ。卒業してからも帰省のたびに仲間内で声をかけあって、喫茶店でクダをまいたり、ドライブしたり、泳ぎに行ったり、飲みに行ったりと、遊び仲間だった。浪人中は毎週のように励ましの手紙を送ってくれ、そこには「返事不要!」と必ず記してあった。でも不思議とお互い異性として意識したことはなかった。さっぱりとした付き合いで、ほぼ男友達に近かった。お互い結婚してからは、年賀状だけのやり取りになっていた。彼女の参加していた、前回(卒業20年目)の同窓会後の年賀状には、次回はぜひ出席してみんなで会いましょう、と書かれていた。

その数年後、小学校の先生をしていた彼女が、血液の病にかかり危険な状態だ、という話を人づてに聞いた。当時僕も仕事が大変な時期で、遠く離れた大阪ではどうすることもできず、そうこうするうちに訃報が届き、葬儀に参列することもできなかった。今回の同窓会は、そんな彼女との約束を果たしたい、という個人的な思いもあったのだ。同窓会は楽しいだけではない。彼女も含め、亡くなった同級生や先生方への黙祷から会はスタートする。同窓会は追悼の場でもあるのだ。

サヨナラCOLOR~映画のためのうたと音楽~/ ハナレグミ & クラムボン & ナタリー・ワイズ
サヨナラCOLOR ~映画のためのうたと音楽~ / ハナレグミ、クラムボン & ナタリー・ワイズ



さて、今日は映画とそのサントラ盤を紹介しよう。
2005年、竹中直人監督作品 「サヨナラCOLOR」。そのサントラ盤で、ハナレグミ、クラムボン&ナタリー・ワイズによる「サヨナラCOLOR ~映画のためのうたと音楽~」だ。

この映画は竹中監督がファンクバンド、スーパーバタードッグのボーカルだった永積タカシ(ハナレグミ)の歌う「サヨナラCOLOR」を聴き、それにインスパイアされて脚本を書き下ろし(馬場当との共同執筆)、監督・主演した珠玉のラブストーリーだ。

竹中が演じるのは海を臨む病院に勤める医者・正平。そこに、二十数年前の高校時代からずっと彼が思いを寄せていた原田知世演じる未知子が子宮がんを患い入院してくる。全く正平のことを覚えていない様子の未知子に傷つきながらも、正平は献身的に治療し、未知子も徐々に心を開き始めるが...

竹中直人と原田知世が同級生?と最初はちょっと引いてしまうのだが、このありえない設定を越えた所でぐいぐい引っぱっていく竹中ならではの世界に引き込まれてしまった。竹中は案外さらりと演技していて、深刻なシテュエーションに深く入り込ませず、むしろ精神世界を重視した描き方になっている。映画が終わっても、複雑な思いの上に、ほんのりと暖かな感覚がかぶさっていて、救われた気持ちになる。

この中に、二人が同窓会に出席するシーンがある。マドンナ的存在だった未知子がかつて思いを寄せた教師役に演出家の久世光彦、ギターを弾く同級生役に忌野清志郎が出ている。奇しくも、この映画撮影後の数年で二人とも故人となっていて、映画ながら、同窓会の楽しさと表裏一体の寂しさを感じてしまった。

このサントラ盤はもちろん映画のための音楽ではあるが、先に述べたように、まず音楽が引き金となった作品であり、インストも含め相乗効果の中で出来上がった素晴らしい音楽小品集になっている。映画には、演奏した面々もゲスト出演していて、不思議な雰囲気を醸し出している。まさに竹中ワールド全開といえる。

サントラ盤最後の曲はタイトル曲「サヨナラCOLOR featuring 忌野清志郎」。これが実に素晴らしい。清志郎の声は、ハナレグミの歌の世界と不思議な形で溶け合っていて、そのハーモニーはオリジナルとは違った新しい味を醸し出している。じっくり何度も聴いていると、なんだかものすごくピュアな心持になってくる。 

  Link: ハナレグミ&忌野清志郎 サヨナラCOLOR

   サヨナラからはじまることが たくさんあるんだよ
   本当のことが見えているなら その思いを僕に見せて

サヨナラの季節は、何かが始まる季節でもある...






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